第二十六話
「拝啓 思春様 この手紙が読まれているということは、もう私、死んじゃったんだね。ほんとに死んじゃったのかぁ。ホントに、ごめんなさい。まだまだ生きていたかった、っていうのが本音。でも、無理だったんだね。夢であってほしいって、何度思ったかわからないよ。思春様のいないところで、何度も泣いた。この事実が変わらないかって、村山先生に何度も相談した。お祈りもした。それもだいぶ長い時間。でも、変わらなかったんだなぁ。今私が抱いている感情、どんなに頑張っても文字で表現することができない。悔しいとか悲しいとか苦しいとか申し訳ないとか。いろいろな感情が出ては入ってきて、結局は『もう少し長く思春様と居たかった』って言葉になっちゃう。ホントに、ごめんなさい。依存症であれだけ苦労をかけたのに、私が先に死んじゃうなんて。ホントなら思春様の介護だってしなくちゃいけないくらい長生きしなきゃなのに、ダメな妻で、ホントごめんなさい。好きでした。ずっとずっと、たまらないくらい思春様が好きで、好きで。なのに、迷惑ばっかりかけて。でも、思春様はずっとそばにいてくれて。ありがとう。本当に、ありがとう。『ありがとう』なんて言葉だけじゃ言い表せないくらい感謝しています。依存症もよくなったし、結婚もできたし、家族も増えたし、ハネムーンにも行けた。酒におぼれてた頃に『あなたはもう少しでこれだけの幸せを手にします』って言われても、絶対信じられなかったよ。でも、手に入れちゃったんだな、私。こんな信じられないくらいの幸せを。そして、その幸せの中で、死んでしまったんだ。ごめん、ごめん、ごめん、ごめん。本当に、ごめんなさい。謝ってばっかりだ。最期くらい、明るい話で締めるね。私のいったプロポーズの言葉、本当は覚えているんでしょう?変だよね、プロポーズってさ、どっちかが一回いえばいいのに、私がごねて思春様がいったあとに私も改めて思春様にプロポーズするなんて。でも、ここで思春様に私の『愛してる』って気持ちを伝えておかなきゃ、一生後悔すると思ったから。『たまらなく愛しています。好きで好きで好きで。あなたがそばにいてくれないと、私、たぶん死んじゃいます。だから、結婚してください』愛してます、思春様。思春様が天国に行くのは、まだずっと先のことだけど、いい家探しておくね。天国に来たら、絶対、絶対私を見つけてね?私も、探しに行くから。絶対に、見つけるから。それまでは少し、さようなら。あなたに私の人生のすべてを捧げることができて幸せでした。 かしこ 一ノ瀬いちごより」
「……」
私の手は震えていて、滂沱たる涙って、こういうことをいうんだと思う。
「初めて見た時からずっと好きでした。あなたと悲しいことも苦しいことも嬉しいことも楽しいことも、何もかもを分かち合いたいんです。結婚してください」
頭の中では一言一句、間違いなく出てきたのだが、涙に震える私が、この言葉をよどみなくといえる日は、ずっとずっと、ずっと先のことになるのだろう。
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