第十八話

「う~ん、今日もいい天気」

 庭で伸びをする。

 今日は特にやることもない。結婚式まで一カ月とちょっと。最近慌ただしかったから、たまには一日のんびりするのも悪くない。

「朝ご飯はいかがでしたか?」

 思春様が訊いてくる。

「すごくおいしかった。特に卵焼きなんて最高。パパも喜んでたでしょ?」

「ええ。久しぶりですね。あの人が文句をいわず食事をしたのは」

「それが思春様の凄いところだよ。パパに文句をいわせず、食べさせちゃうんだから」

「まぁ、私も一つくらい特技がないと、妻としてやっていけませんので」

「……、それって、私に特技が一つも無いっていいたいの?」

「さあ、どうでしょう」

 思春様はくすっと笑う。

「嫌な奥様。ま、いいや。今日はさ、久しぶりにのんびりできそうだから、一日思春様の傍に居たいんだけど、いいかな?」

「かまいませんよ。良き人の頼みとあれば、断る理由などありません。しかし、私の傍に居るなんて、退屈するだけですよ?」

「わかってないなぁ。好きな人の傍に居るのは、それだけで嬉しいことなんだから。ほら、あれだよ。嫌な人の隣居るのは一分でも長く感じるけど、好きな人とだったらいくらでもいられるでしょ?相対性理論ってやつ?まぁ、そんな感じ」

「ふうん。賢いのか賢くないのかわからない返答ですね」

「いやぁ、そんなに褒められると照れちゃうなぁ」

 私はかりかりと頭をかく。なぜか思春様は、ため息をついていた。

 空は広かった。どこまでも透き通るような青い空。こんな日に思春様の隣にいられるなんて、なんて幸せなんだろう。

 いつまでもこの時間が続いてくれるといいなぁ。

 名も知らない鳥が、庭に降り立った。あんまり鳥の名前はわからないけど、これは、鶺鴒?そうか、もう秋かぁ。

「私がいったプロポーズの言葉、覚えていますか?」

 ふいに、思春様が訊く。

「覚えてるよ。忘れられないよ。大好きな人が、私を唯一の人だっていってくれた時の言葉。それが、どうかした?」

「……、いいえ、なんでもありません」

 私は首をかしげる。

「あ、さては私のいったプロポーズの言葉が思い出せなくて困ってるんでしょ。ひどいなぁ、思春様も」

「ええ、あれからいろいろ考えているのですが、なかなか」

「絶対だよ。絶対思い出して。忘れたなんて、それは少し、淋しいかな」

「……、きっと思い出せますよ。きっと、ね」

 静かに思春様はいった、あと立ち上がる。

「では、良き人よ。少し散歩に付き合ってくれませんか?」

「いいよ、でも、どうして?」

「私は、良き人との散歩が好きなのですよ」

「……、そっか。ありがと」

「あと、帰ってきたら、草むしりをしたいと思っているのですが」

「もちろん。二人でやったら早いもんね」

 思春様が手を差し出す。その手を、私はふんわりと握った。

「今日も綺麗ですよ、良き人よ」

 照れちゃうよ、そんなこといわれたら。

 心の中でそう思って、きっと、顔はもう真っ赤だ。

「さあ、行きましょう」

 私の鼓動は少し駆け足になって、思春様の隣で鳴り響いている。

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