第十七話

「あら、それはよかったわねぇ」

 村山先生はニコニコしている。

「もう一度、結婚式をするんでしょう?私も招待してくれないかしら」

「ええ、もちろんです。そのお誘いも含めて、伺いました」

 思春様は、もうアールグレイを飲み干していた。

「晴れ姿、楽しみにしているわ」

「はい、先生に喜んでもらえるよう、精一杯頑張ります」

 私は緊張しながらいう。

「いいえ、その言葉は思春にかけるべき言葉よ」

 先生にそういわれ、思わずハッとする。

「良き人よ?」

 思春様は、少し怒っているようだった。

「え!?いや!その!これは!言葉の綾というか……」

「取り繕っても無駄です。そういう時は素直に謝るのが礼儀だと思いますよ?」

 諭すように言われ、私は力なく頭を下げる。

「よろしい。誰にでも失言はあるというもの。ですが、先程のは少し効きましたよ」

「ご、ごめんなさい。だって、その、なんというか……」

「あらあら」

 困惑している私、ふてくされている思春様を見て、村山先生は微笑む。

「お邪魔だったかしら」

「い、いえ。そんなことは……」

 困惑していた私の顔は、みるみる真っ赤になっていく。

「じゃあ、結婚式、楽しみにしているわね」

 またにっこりと先生は笑って、話を切った。

「はい。是非、お越しください」

 察したのか、思春様は立ち上がり、目で促す。

「じゃあ、先生。私たちはこれで……」

 まだ顔が真っ赤なままの私は、なんとか声をしぼり出して、思春様とともに先生の家をあとにした。

 先生には、私の命がもう長くないことも伝えてある。

「そう。それは残念ね」

 先生は、そういうだけだった。

「その、私からいうのもなんですけど、もうちょっとなにかないんですか。『淋しい』とか『さぞつらいでしょう』とか」

 そういってみたけれど。

「人の死は避けられないもの。一期一会であなたと向き合ってきたんですもの。いまさら驚いたりしませんよ。あなたを診ている時は、半年どころか、二週間後の診察の時に生きているかどうかわかりませんでしたから」

 先生は笑う。あの時と何も変わらない優しさで。

 いまはそれが、なんだか嬉しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る