第十六話
村山恵美先生は、もう蟄居して町外れの家に住んでる。
以前、あれがあったところからそう遠くない。
「会うのは何年ぶりでしょうか」
思春様が訊く。
「う~ん。二年ぶりくらい?『また来ます』とかいって、ずいぶん時間が経っちゃったなぁ」
てくてくと歩を早める。ちょっとした森を抜けると、家が見えてきた。
平屋の小さな家。ちょっと奥には、家庭菜園のトマトが見える。私、目はいいほうなのだ。以前来た時は柿が植えられてたっけ。器用な先生だ。
「すみません」
思春様が少し大きな声でいう。物音がした。
「はい。どちらさまで……」
と、つなぎ姿の村山恵美先生がひょっと顔を出す。六十を過ぎても、なお凛々しい顔立ち。すらりとしたプロポーションは、やはりというべきか、今も維持されていた。
「ほら、女性なら、いつでも綺麗でいたいじゃない?綺麗の秘訣?気合よ、き・あ・い」
カウンセリングを受けていた頃、よくいわれたものだ。茶目っ気のある。笑顔の素敵な先生。
「まあまあ、誰かと思ったら、久しぶり」
あの頃と変わらない笑みをたたえて、先生は出迎えてくれる。
「先生のお優しさに甘えて、来るのが遅くなりました。お久しぶりです、村山先生」
思春様が頭を下げる。私も、慌てて頭を下げた。
「思春も相変わらずね。そう鯱張らなくてもいいのに」
「いえ、先生の前ですので」
「そう。でも、二人とも相変わらずでよかったわ」
「先生のおかげです」
私がすかさずいう。
「いいえ、それはあなたの努力よ。人一倍、努力していたものね」
「そんな、先生の助力なしだったら、全然できてませんでした」
「謙遜しないで。ここまで来れたのは、紛れもなくあなたの努力よ。さ、上がって。お茶でも出すわ」
促されて、玄関に入る。綺麗な、小さな玄関。
「修治も亡くなって、もう五年になるわね」
「そんなに経ちますか。そしてその頃に、私がいちごをここへ連行してきたのを、今でもよく覚えています」
「じゃあ、その頃の思い出話からしましょうか。見たところ、そういう話をしに来たみたいだけれど」
「はい。先生には、知っておいていただきたい話もありますので」
「……、そう」
そういうだけで、先生はキッチンへ引っ込み、三人分のお茶を淹れた。
「いい紅茶が手に入ったの。アールグレイだけれど、飲めるかしら」
「ええ、もちろん、喜んで」
思春様が一口口につける。すっかり、リビングはなんともいえない良い香りで満たされていた。
「いい紅茶です。後味も良く、我が家にも一つ欲しいですね」
「そういってくれて嬉しいわ。なら今度、送りましょうか?」
「是非」
先生と思春様が笑う。私はそれを、ちょっと嫉妬しながら見ていた。
(私以外にも、こんないい笑顔で笑うんだ、思春様)
それが、ちょっと悔しかった。でもま、あれだけ助けてくれた先生だもんねぇ。
私も逆の立場だったら、こうなるでしょ。
「さ、それで?話って?」
「はい、実は……」
思春様は、私の今までのこと、そして、これからのことについて語り始めた。
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