第十三話
その夜は、とても静かだった。しんと静まり返った寝室。隣では、思春様が寝息を立てて眠っていた。
私はなんだか冴えていたので、一階へ下り、麦茶を飲む。
この時間に飲む麦茶というものは、やけに背徳感がある。依存症だった頃を思い起こさせるからだろうか。
「まさか、これにお酒は入っていないわけだし、そう思うわなくてもいいよ」
またぐいと飲む。ダメだ、これ以上飲むと、夜中に起きそうだ。いや、今が夜中か。今日はいろいろと幸せすぎたから、感覚がおかしくなっているのかもしれない。
「でも、もう一杯だけ……」
またぐいと飲む。いい味だ。麦茶とは思えない、懐かしい味。どこか遠くへ行ってしまいそうな、妖しくて、美味しくて。
(ふらふらする……?)
どうしてか。麦茶だというのに。おまけに、やけに火照っている。体が熱い。内側から焦げているようだ。
(冷たい麦茶のはずなんだけど……)
そこから、私の意識はぷっつりと途切れた。
「宗近!行ったぞ!」
「はぁ!!」
鬼が宗近を襲う。宗近はひらり体をかわし、当て身をして、鬼を吹き飛ばす。
「ぐぁ……ぅ、ぁ、ぁ、ぁ……!!!!」
咆哮が轟く。滝女郎の助言に従い、町の遠く離れた一軒家へ来てよかったと思春は思っていた。
この咆哮だけで、どれだけ人が殺められるだろう。私も、気をつけなければ命を奪われそうだ。
「たぁ!!」
そこへ、滝女郎が割り込む。糸を引き、鬼を絡めとった。
「ぅ、ぅ、ぅ、ぁぁぁぁ!!!!」
「そうは持たん!早くやれ!!!」
滝女郎の慟哭と同時に、私はあらん限りの力を使い、剣をふるった。
「ふん!!!」
その一撃は、致命傷にならず、さればとて、かすり傷にもならず。
鬼の動きを止めるには、十分な一撃となった。私は泣いている。愛する人を斬るというのが、初めてだったからだ。
「いちご……」
耳が張り裂けんばかりの咆哮ののち、鬼は倒れ、光ったかと思うと、そこにはボロボロのいちごが倒れていた。
「いちご!!!」
駆け寄る。大丈夫、息はしている。気絶か。
「もう、これほど浸食されておろうとはな」
滝女郎が、ゆったりとした足取りで近づき、いちごを抱き上げる。
「どちらへ?」
「手前のところ、だ。詳しくは教えられぬ。三カ月、三カ月。三カ月、持たぬというのか」
滝女郎も、微かに泣いていた。
「いや、なんとしてでも持たせてみせる。手前の秘術のすべてを使っても」
数日後の朝、いちごはなにごともなかったかのような屈託のない笑みを浮かべながら、滝女郎と共に、家に帰ってきた。
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