第七話

 寝ぼけ眼で見る思春様というのも、なかなか乙なものだ。

「ふああぁぁぁ」

 そんなことを考えながら、大欠伸をかく。

「昨日は眠れませんでしたか?」

「まあね」

「まあ、おじい様が急なご出立でしたから、無理もないですか」

 どうも、おばあちゃんも絡むことらしく、夜中に二人を見送って、それからまた寝て、今は朝の七時だ。

「早起きせずともよかったのですよ?今日は一日なにもないのです。お昼ごろまで寝ていればよかったのに」

「せっかく思春様が朝御飯作ってくれるんだもん。ご相伴にはあずからなきゃね。それに、二人きりにもなりたかったし」

パクパクと元気よく、思春様が作ってくれた鮭の塩焼きをほおばる。お味噌汁は私の好きな赤みそ。ごはんは、昨日の残りをおにぎりにしてくれた。

「大したご飯でもないのに、良き人は本当に美味しそうに食べますね」

「当たり前だよ。だって思春様が作ってくれた料理だよ?世界で一番おいしいのは、愛してる人が自分のために作ってくれた料理、って学校で習わなかった?」

「ええ。私は無学なものですから」

「冗談。私に内緒で、博士号取ろうとしてるでしょ」

「よくお気づきで」

「ま、あれだけ徹夜してればね。察しだけはいいのが、あなたの奥様の取り柄ですから」

 カラン、と箸を皿にほおって、パンパンとお腹を叩く。

「ああ、食べた食べた。思春様?今回は孫の顔を見せに行く慰安旅行なんですから、お勉強は禁止ですよ?」

「はいはい、わかっていますよ」

「どうだか」

 まだ、思春様のお皿には食事が残っている。綺麗な箸遣い。私も見習うべきだろうか?この域に届くかはともかく、今の粗雑な食べ方は改めるべきだろう。

「どうかされました?」

 自然とじっと見てしまっていたのか、思春様が訊いてくる。

「あ、なんでもないよ。それより、食べ終わったら、お散歩しない?前迷子になった時、山がすっごくきれいに観える場所見つけたんだ」

「それはいいですね。では、そうしましょう」

「やった!!」

 ぴょんと椅子から飛び跳ねる。朝デート、というのだろうか。昔はよく、来ヶ谷さんにしてもらっていた。来ヶ谷さん、いまどうしてるかな?お手紙はくれるけど、最近会ってないから、会いたいな。

 黙考に耽る私を横目に、思春様は静かに自分の食事を進める。

「もう少し薄味のほうがよかったでしょうか」

 なにかぶつぶついっているが、私の耳には届かない。

 ピンポーン。

 家のベルが鳴る。

「あ……」

 私が出て行こうとするのを制して、思春様が席を立った。

「いま伺います」

 少し高めの声でいう思春様が、玄関へ向かう。

 こんな朝から、誰?

 客人は、意外な人だった。

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