第五話
「最近は特に良好です。荒れることもなく、会社も欠勤していません。友達も何人かできたそうです。まあ、嫌なことがあっても話してくれず、自分で溜め込んでしまうのが、難点でしょうか。そういうときは、夜にキスをすると話してくれることを最近知りました。あとは、そうですね。お義母様似なのか、単にからかわれているだけなのか、後輩からの評判が良いようです」
私はひとしきり喋って、おばあ様の顔を窺う。
話している間も、口を挟まず、ただうなずいてきいてくれていたおばあ様が、口を開いた。
「夜のほうはどうだね?」
「……、は?」
「だから、夜のほう。夜は二人きりになるであろう?そのときのいちごの様子をきかせておくれよ」
「それは……。いかにおばあ様とはいえ、お答え致しかねます」
「そうか。残念だ。また、なにかの機会にきかせてくれ」
少し残念そうに、おばあさまはお茶をすする。
「お前と契りを結んで、なん年になる」
「六年で御座います」
「もうそんなになるか」
「ええ」
「お前にも、世話をかけたな」
「とんでもない。どれもこれも、楽しい日々でした」
「施設へ入院したこともか?」
「はい」
「救急搬送されて、集中治療室から12時間出れなかったことも?」
「はい」
「……、お前は変わっている」
「よくいわれます」
そこで、お互いに笑い合う。
「いや、いちごは良い妻を持った」
「はい。私も、良い妻を持ちました」
「どこまでも、謙虚で、いちご思いよのぉ」
「おばあ様ほどでは」
「ぬかすわ、娘が」
今度は、おばあ様だけが笑う。
「して、いちごは?」
「買い物に出かけております」
「ははぁ。これは、また迷子であろう」
「ええ、そう思います。それに、そろそろ……」
プルプルと、私の携帯が鳴った。
「じぃ、ぐす、じゅん、んざま゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛。ご、ごぉ、どぉ、こぉ゛ぉ゛っぉ゛」
良き人の大声が、耳を劈く。
「これは……、人の出せる声なのか?」
おばあ様が興味津々に訊いてくる。
「ええ、もちろん。我が良き人の声で御座います。この分ですと、まだ迷って一時間程度ですね。ああ、ちなみに、先ほどの声は「思春様、ここどこ?」といっております」
「ほぉ、そんなこともわかるのか」
「はい。愛していますから」
そんなやり取りをしている間も、良き人がなにか涙ながらに話しているから、支度をして、玄関へ急ぐ。
「私が帰る前に、つぼ漬けを用意しておいてください。そうすれば、すぐに元気になりますから」
「お前、いちごのことをなにからなにまで知っておるな。手前も、まだまだ修行が足らんな」
「おばあ様も、すぐわかるようになりますよ。良き人は、単純な性格ですから」
「……褒めておるのか?」
「さあ、どちらでしょう。ですが、どちらにせよ可愛らしい性格だとは思っておりますよ」
私は日傘を持って、良き人の元へ、駆け出した。
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