第二話
いつだって異なった価値観と出会えた時は嬉しい。
それが、たとえ些細なことであったとしても。
「私は、この赤のストライプのワンピースが一番似合うと思うの」
「いえ。良き人には絶対この淡い青のワンピースが似合います」
こんなやり取りを、かれこれ三十分は続けてる。遠くの店員さんが、ちらちら私たちのことを見ては、ひそひそとなにかいって、くすくすと、笑っていた。
「私はこれが絶対いいの。思春様だって、最初はこれにしましょうっていってたじゃん」
「ええ。ですが、この青のワンピースを見た時に、これこそ良き人が身に纏うべき服だと思ったのです。愛する人に良い服をプレゼントしたいと思うのは、妻として当然の感情でしょう?」
「でもさ、それ、高いよ。こっちの赤のほうが、半分くらいじゃん」
「値段など関係ありません。ただ愛する人に似合うかどうか。それだけです」
「けど、やっぱり、悪い気がするよ。誕生日プレゼントだからってさ、こんなに高い服……」
「だからこそです。一年に一度しか来ないこの素晴らしい日に、良き人にこんな良い服を買ってあげられるのです。この矜持を、良き人にはわかっていただきたいのです」
「う、う~ん」
私は考え込む。遠くにいた店員さんは、いまにも腹を抱えて笑いそうになっている。
私たちがこんな服もすぐに買えない貧乏人だからってさ、そんなに笑わなくてもいいじゃん。ヤな感じの店員さん。やっぱり、買えないよ、こんな高いの。それに、淡い青は、私には似合わない、と思う。試着してる今はなんとなく似合った気でいるけど、家に帰ったら、きっと似合わなくなってる。服なんてそんなものなんだ。だから、私にはあの赤のストライプでいいんだよ。なのに、なんで思春様は勧めてくるんだろ。
「こうなったら私も意地です。良き人にこれを買えないのなら、これから毎朝の『行ってきます』のキスを拒否します」
凛とした瞳が、私を見据える。
「い、イヤだよ。それだけはイヤ。あれがないと、私、仕事に行けなくなっちゃう」
「だったら、これを買わせてください。ああもう、良き人よ、なぜそんなに躊躇うのです」
「うう……。だって、高いし……」
「これを着てデートしてくれたら、私がどれくらい幸せになれるか、あなたにはわからないんですか!」
そう怒鳴って、思春様はたちまちワンピースを脱がせてしまって、それをレジへ持っていき、買って、店員さんにタグを切ってもらい。その場で私に手渡して、再度試着室で着替えるように促した。
鬼気迫るように渡されたワンピースを手に、私はまだしょんぼり下を向いていた。
「はやく」
その言葉に、すごすごと着替える。買っちゃった。きっと似合わないよ。やっぱり似合わないよ。私みたいな優柔不断な女にはさ。それこそ、思春様が着ればいいのに。こういうの、絶対に似合うと思う。鮮やかな淡い青のシンプルなワンピースに袖を通す。ウエストが程よく締め付けられて、フィット感もばっちり。華奢な私が、さらに華奢に見えてしまうのが難点だけれど。こういうのが、思春様は好みなのかな?だったら、また一つ思春様のことが知れて嬉しい。そう思うと、これを買ってよかったのかなぁ。
「はい。着ました。どうですか?」
試着室のカーテンを開けて、お披露目する。
「あぁ……」
思春様からきこえる言葉は、それだけだった。
「あ、あの~。そ、それだけですか?思春様?」
「なんて、美しいんだ」
そういうだけだった。
その足で、私たちは予約していたちょっとお高めのレストランへ向かう。その間も、私を眺めては、思春様はただ「美しい」といって、なにかこう、私のウェディングドレス姿を初めて見た時と同じ顔になって、ため息をつくのだった。
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