私の頭の中の家族2
櫻春亭梅朝
第一話
おじいちゃんはその日留守だった。陽が落ちる頃、この辺りの山々は美しく赤みがかり、行き交う鳥や虫の群れに、一寸だけ風情を感じる。
これが都会暮らしの反動というやつなのだろうか。
久しぶりに愛媛に帰ってきたのに、やけに落ち着く。出て行くときはあれほど鬱陶しかったものが、今はどれもこれも懐かしい。
「おかえり。夕飯の支度はできている」
おばあちゃんが出迎えてくれる。いつだって不愛想だ。けれど、私たちが帰ってくる時はいつも、大好物を作って待っていてくれる。
「胡瓜、ある?」
「もちろん。つぼ漬けもあるぞ」
心の中でガッツポーズを決める。神よ、感謝します。こんな素敵なおばあちゃんを授けてくれて。
「おばあ様、では、失礼致します」
恭しく思春様が履物を脱ぎ、リビングに向かう。私もそれに続いた。
「まずはお風呂へ入っておいで。長旅で、疲れたろう」
「いえ、それほどでは……。はい、それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
なにを察したのか、思春様は少しぎこちなくおばあちゃんに返事する。
「いまご飯を炊くから、そうね、四十分くらいは大丈夫でしょう。夫婦水入らず、入って行きなさい」
「ありがとうございます」
促されて、私たちは風呂場へ行く。脱衣所は狭い。二人も入れば、パンパンだ。寄せ合って、服を脱ぐ。パジャマは、この日のために新調してきた。おじいちゃんにも見てほしかったのに、ちぇ。ま、遡行軍退治なら仕方ないか。
思春様も私も、生まれたままの姿になる。思春様が、がらと風呂場のドアを開けた。湯気が立ち込める。夏のこの絡みついてくるような湯気が、私たちの肌に触れては玉の汗を作る。その乱反射のせいか少しくらくらするけれど、まあそれでいいのかもしれない。
「さあ、良き人。入りましょう」
私はサブンと風呂へ入った。
「はしたないですよ、良き人。もう少し淑女として振る舞われてはどうです」
「やだね。私は思春様みたいに少し乱暴な女なんです」
「まあ、私を乱暴と?」
「そこがいいとこじゃん。妻の後ろを三歩下がって、なんてさ。あたしゃそんなによわかなりたくないね」
「ほう……」
ジロジロと思春様が見つめた。まだなんにもしてないというのに、胸の蕾は凛として立っている。
「お前がそういうのなら、せめて風呂場だけでもこの姿でいてやろうか」
思春様がいつもの声に戻った。前はどっちでもいいっていったけど、やっぱり、私はこっちの思春様のほうが好きだなぁ。
「うん。っていうか、いつだって私はそっちでいてほしいんだけど」
「たわけ。あっちでいることでどれだけお前を助けられるかわかったもんじゃない」
「私、そんなに弱そうに見える?」
「見えるね。逆に、どうやったらお前が強そうに見えるんだ」
「う~ん、祖父が三日月宗近で、父が次元大介だったら、そう見えるんじゃない?」
「あきれた。虎の威を借る狐とはこのことだ。いや、お前の場合女狐か」
やれやれと思春様が肩を落とす。やっぱり、私はこうやって礼儀正しくズケズケものをいってくる人が好きだ。なんで好きなのかはわかんない。それでいいと思う。言語化できる好きに、大したものはないだろうから。恋は盲目だ。一目惚れだった。そのあとのことは、あまり記憶にない。気づいたら結婚していた。改めて思春様と結婚してよかったと思う。
ま、すべては思春様がよきに計らってくれたからなんだけど。というかさ、胸の蕾ちゃん、風呂場で思春様がこのお姿だからって、そんなに素直に反応しなくてもいいのよ?いくら乱暴な女だからって、ここくらいは淑女であるべきだと私も思うよ?でもさ、どうしたってさ、求めちゃう気持ちもわかるよ。だって、目の前に世界で一番愛している人がいるんだもん。
「夜まで待てないのか。この助平が」
わしゃわしゃと濡れた髪を撫でながら、思春様が吐き捨てる。これだけでもう、私は、蕩けてしまいそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます