第10話 名前で呼ぶのなんて、海外では普通ですよ?
好きか嫌いか…出会って間もないから、まだ判断材料が少ないというのが正直なところだが、絶対に言えることはとりあえず嫌いではないということだ。
日本に慣れてなくてカルチャーショックでおかしいところはあるにしても、それが嫌いになる理由にはならない。
「嫌いではないけど、好きなのかはまだ…」
「どうすれば好きになってくれるんですか?」
「え…どうすればっていうか、好きになるっていう表現は否定しないけどなるんじゃなくてなっていくものなんじゃないか?」
「…望宮さん、甘いですよ」
「え?」
望宮さんは俺のことをマットに軽く抑えつけながら言った。
「そんなことを言っていたら望宮さんがどこの女性に取られるかわかりません、ただの恋愛と侮っていてはいずれ後悔することになるんです、だから必ず手に入れてみせます」
「明星さん!?」
明星さんは俺のことを抑えつけてきたかと思うと、今度は抑えるのをやめて俺の首元辺りにまで顔を近づけてきながら、まだ話を続ける。
「まだ他の方が明星さんの魅力に気づく前に、私が必ずあなたのことを手に入れてみせます、私の愛は本物です」
明星さんの目はそれが本心であることを感じさせるし誠実性も感じるが、俺は同じ返答しかできない。
「…だとしても、俺はまだ明星さんのことを知らない」
「ですからそれは────」
「だから、これから知っていこうと思う、最終的に俺が明星さんからの好意を受け取るにしろ断るにしろ、もしくは明星さんが俺に愛想を尽かすにしろ、明星さんが俺に向けてくれてる好意に対しては、明星さんのことを知ろうとすることで返す、これ以上は何も言えない」
俺がそう答えると、明星さんは顔をうつ伏せにした。
ちょうど髪の毛で明星さんの表情が見えないため、彼女が今どう思っているのか表情から読み取ることはできない。
「私……ま…た!」
「え?」
「私もう決めましたから!やっぱり望宮さん以外に私の殿方はいません!」
「明星さん…」
どうしてそこまで俺に好意を持ってくれているのかは未だに謎だ。
…いや、もしかしたら答えなんていうのはないのかもしれない。
俺は明星さんが前に好きになるのに理由なんて要らないと言っていたのを思い出す…理由なんて要らない、のか?
恋愛経験の無い俺には、その答えが出せない。
「あと!望宮さんには一つどうしても言いたいことがあったんです」
「え、なんだ?」
「その明星さんというのはやめてください!」
どうしてだ?
と、普通なら疑問で返すところだが、俺もこの前コンビニから家に帰っている途中あたりからそんなことを思っていた。
出会って間もないからとさん付けをしていたが、よくよく考えてみると俺は割と最初の方から明星さんに対してタメ口で話している。
それなのに名前だけさん付けというのは、俺にも違和感があった。
「そうだな、じゃあこれからは明星って呼────」
「アリスと呼んでください!」
「は!?」
ちょっと待て!
確かにさん付けに違和感があったことは認めるがいきなり下の名前で呼ぶというのはいくらなんでも距離の詰め方がおかしい。
「さっきまで苗字、それもさん付けで呼んでたのにそれがいきなり下の名前で呼ぶなんておかしいだろ!」
ここは強く反論しておこう、出会って間もない女子を下の名前で呼べるほど俺の肝は据わっていない。
だが、俺は明星さんに綺麗に反論されてしまった。
「
「っ…」
それは…俺でも知っている、海外では普通のことだ…
「ア、アリス…」
「あ、顔逸らしました!可愛いですよ!」
明星さ…アリスは、俺の顔をよく見るためになのか俺の両手に顔を添え自分の方に向けさせた。
「いい加減に────」
「キスができそうな距離ですね」
「えっ…」
アリスが突然おかしなことを言った。
キス…?
さっきまでは話すのに夢中だったが、言われてみれば今はアリスが俺の上を跨ぐような体勢でしかも顔が近い。
意識してしまったせいで、俺の心臓の鼓動が早まった。
「アリス、ちょっとマットから降りてくれ」
「どうしてですか?このまま────」
アリスが本気なのか冗談なのかはわからないが、より近く俺との顔の距離を近づけようとしたところで、体育倉庫のドアが開いた。
「ドッジボールは終わったぞ、今すぐ更衣室に…ん?」
「……」
最悪だ。
どうしてこのタイミングなんだ、進馬先生…
「…見なかったことにしてやるから、早く更衣室へ行け」
「え…先生!?違いますからね!?俺たち別に変なことしようとしてないですから!」
「言い訳はいいから、早く着替えて来い」
「先生!!」
先生に大きな誤解を残したまま、俺たちはそれぞれ一緒に更衣室前に向かい、別々の更衣室に向かった。
…俺はこれから彼女のことをアリスと呼ぶのか。
さっきの体育倉庫での一件で、アリスとの距離が縮まったような気がした。
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