第2話 把握なんて、海外では普通ですよ?
教科書が配り終えられ、軽く自己紹介の時間が設けられた後、俺は恥ずかしさからすぐに教科書の入った鞄を手に持って教室を後にし、学校をも後にするため校門を潜り抜けた。
「望宮さん?そんな早歩きでどうされたんですか?」
俺は一度立ち止まり、振り返り、明星さんに言う。
「どうされたんですかじゃない!明星さん!あの周りからの変な視線が気にならないのか!?あぁ〜!あんな公然の場でラブとか…!」
「え…?落ち着いてください、別に周りの方たちがなんて思おうと、私たちには関係ないはずです」
「そう…だけど!」
これが日本と海外の違いなんだろうか。
現に、明星さんは全く恥ずかしそうな素振りを見せない。
「せっかくですし、これからこの辺りを案内していただけませんか?」
「なんで俺なんだ…?」
「もちろん望宮さんのことが大好きだからです!」
「よくそんなことを普通に…」
「本当のことですから」
そういうことではないが、言ってもわからないんだろうな…今一緒に出かけたりしたら、とうとう学校中に俺と明星さんが付き合っている、なんていう噂が流れかねないし、明星さんのためにもここは断るべきだな。
「悪いけど、今日は用事があるんだ」
「用事って、どんな用事ですか?」
「…ちょっと、な」
「ちょっとではわかりません、教えてください」
「なんでいきなりそんな機械的になるんだ?」
さっきまで感情をかなり表に出していたいのに、今度はいきなり機械的な対応になった…この温度差はなんなんだ。
「私と一緒に居られないと言う喜ばしく無いことの理由を確認するときは、感情を隠さないといけません」
「別に隠さなくてもいい…けど、俺が明星さんに俺の用事を伝える必要もないだろ?」
「いえ、好きになった男性の用事は、全て把握させていただきます」
「え…!?」
そう言っている彼女の目には生気が宿っていなかった。
「そんなの普通じゃ無────」
「海外では普通ですよ?」
「そうなのか…ってなるわけないだろ!嘘をつくな!」
いくら海外とはいえ恋人…にすらなっていない異性の用事を全て把握しようとするなんて、絶対にありえない。
「私はただ、一緒に居て欲しいから用事を聞いているだけなのに…わかってくれないんですね」
明星さんは筆箱を取り出すと、その中からコンパスを取り出した。
「…え、コンパス?」
こんな道端でコンパスなんて出して、何をする気だ?
「用事を教えてくださらいのであれば、望宮さんのことをこれで刺します」
「…え?」
明星さんはコンパスの針をむき出しにした。
「安心してください、もちろん死んだりはしないところに刺しますから、命に別状があるわけではありません、ただ痛いだけです」
「は…?な、何言ってるんだ…?」
俺がそう聞くと、曇りの無い笑顔で一言。
「海外では普通ですよ」
と返された。
そして…
「わ〜!お店がいっぱいですね!食べ物屋さんにお洋服屋さん!海外とはまた違った建物の構造にワクワクします!」
「…あぁ」
元々用事なんてなかったし、コンパスで刺されるのは怖かったため、結局二人でショッピング…はしないが、軽くデパートを見て回ることにした。
…こうしていると明星さんは素直に可愛いと思う、さっきのは夢だったと思うことにしよう。
「せっかくですし、どこかで何か一緒に食べませんか?私、ちゃんと日本円も持ってますから!望宮さんの分も買って差し上げます!」
「いや、流石に海外から来たばっかの明星さんに奢ってもらうのは悪いし、今日は俺が全部奢るよ」
「いえいえ!むしろ払わせてください!昔から、好きな殿方のことをエスコートするのが夢だったので!初めてそれが実現できそうなのです!」
「…ちなみに、何円くらい持ってきてるんだ?」
明星さんは財布を取り出すと、そのチャックを開けた。
俺はそれを見て驚愕とした。
「えーっと…一万円?です!」
「十万円だ!え、なんでそんな大金を!?」
一万円でも高校生にしてみれば十分大金だが、十万円までいくともはや高校生の財布に入っていて良い額なのか疑わしいほどだ。
「大金…なんですか?」
言語の方はほぼ完璧に習得しているようだが、貨幣に関しては疎いらしい。
…こればっかりは、海外で長い間生活していたなら仕方ないことだ。
「あぁ…大金だ」
「でしたら!やはり私が望宮さんの分もお支払いさせていただきます!」
「え…!?…嘘だ、それは大金じゃない」
「いいえ!もう大金だということはさっきお聞きしました!」
「だからそれは嘘だって!」
「嘘じゃないです!」
「嘘だ!」
「嘘じゃないです!」
どうするか…いくらどれだけお金を持っていたって関係ない、これはプライドと意地の問題だ。
こういうどちらにも譲れない意見があるときに、公平に物事を決めてくれることがある。
それは…
「私の勝ちですね!」
日本ならじゃんけん、海外ならロックシザースペーパーと呼ばれているものだ、そして俺はそれに見事に…
「負けた…」
俺がパーを出して明星さんがチョキ、まるで俺が何を出すのかわかっていたような素振りだった…観察力がすごいどころの話ではない。
「では!何を食べに行くか決めるためにもう少し歩きましょうか!」
そう言うと、明星さんは俺の腕に自分の腕を軽く組んできた。
「え…?明星さん!?恋人でもないのにこんなこと────」
「こんなの、海外では普通ですよ?」
明星さんは、いつものようにそう笑った。
その彼女の笑顔に見惚れてしまっていた俺は、彼女が海外でも普通ではないということの証明に、笑顔の口元が緩まっていたことに気がつかなかった。
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