その32。「この王子マジでクズかもしれん」
「久しぶりだなシンシア。俺と言う婚約者が居ながら相変わらずそこの執事を連れているんだな」
「申し訳ありませんレオンハルト様。しかし彼は我がシルフレア家で最強の者。私の身を案じて下さるのなら是非お許し下さい」
シンシア様は、普段ならキレているようなことを言われても、冷静に返している。
やはりマイマザーとの特訓が効いたんだろうな。
「ぐっ……」
しかしこう言われてはレオンハルト第1王子殿下も何も言い返すことが出来ない。
これで「コイツが最強? 俺と同い年の奴が?」とか言ったらシルフレア家を侮辱していると見做して、破談だけでなく、少なくとも両家の関係が悪化すること間違いないからな。
「……分かった。ソイツが控えることを許そう」
王子様は俺をギロっと敵意の篭った目を向けて少し投げやりにそう言った。
この王子は相変わらずプライドが高く、典型的なダメ王族って感じだ。
まぁ頭よく、運動能力も非常に高いが。
と言うか見た感じ、シンシア様が惚れていると言うより、レオンハルト第1王子殿下がいいわけか。
「レオン、そうかっかするでない。いい加減シンシアを信じたらどうだ? こうしてまた会いに来てくれたのだ」
そう言って陛下が俺の方を向くと、
「そこの執事よ。シンシアの護衛感謝する。このまま継続せよ」
「承知致しました陛下。シンシアお嬢様は、私が責任を持って護ります」
俺は陛下の言葉に傅いて返答する。
一度陛下とは話したことがあるが、話していて思ったのは普通にいい人だと言うことだ。
まぁ一国の王であるため、冷酷な決断を下すこともある。
この人が国王の座にいる間はきっとこの国は安泰だろう。
……あの王子が国王になればどうなるか分からないが。
「余は2人が無事入学出来ることを祈っている。頑張るのだぞ」
「「承知致しました。全力で頑張ります」」
陛下の言葉にシンシア様とレオンハルト王子がそう言うと、陛下は機嫌良さそうにうんうんと頷き、ひょいっと玉座から立ち上がると、俺達の前を通る。
そして俺を通り過ぎる瞬間。
「———また共に酒を飲もう。フレイア様を交えてな」
そう言って玉座の間から消えていった。
俺は更に深く頭を下げて返事をしておいた。
このやりとりからも分かる通り、俺と陛下とフレイアは酒を飲み合う仲にまで発展している。
きっかけはシンシア様とレオンハルト王子の最初の顔合わせの時で、当時はシンシア様の仮面も甘く、俺と接する時だけ他とは違うと気付いた陛下———ランドウル様が俺に話しかけて来たことだ。
俺は盛大に焦ったもののプレゼンをして何とか誤解を解き、ステータスを見せることで手を打って貰った。
まぁその時に【炎竜王の加護】を見られてしまったし、何故か気に入られてしまったのだが。
そこからはフレイアを交えて頻繁に会うようになり、もう俺的には歳の離れた大学の先輩みたいな感じだ。
「———シンシア、お前は俺の馬車に乗れ」
「分かりました。ではセーヤは……」
「アイツには御者でもやらせれば良いだろう。執事のくせにその程度も出来ない事は無いだろうからな」
「勿論です。このセーヤ、必ずや快適な移動を約束しましょう」
俺はどんどん柔和な表情から真顔の冷たい表情に変わっていくシンシア様を隠すように前に出て頭を下げる。
しかし特に反応する事なく「行くぞシンシア」と言って我が物顔で先頭を歩いていく。
それに続くように能面のシンシア様が歩き出し、その2人の後ろを俺とレオンハルト王子のメイドである、ナタリー様が歩く。
しかし途中で2人を執事長に任せ、俺達は準備の為に行動を別にする。
2人になった途端、ナタリー様が俺に向かってバッと頭を下げた。
「……申し訳ございませんセーヤ様」
「いえ、全然構いませんよ。ナタリー様も大変でしょう?」
俺がそう言うと、ナタリー様が大きなため息を吐く。
「……レオンハルト様は大変聡明で天才でお有りですが、女性関係が少々……。最近では平民のメイドに手を出して私が揉み消す始末にまで……」
……あの俺様系王子は想像以上にクズらしい。
逆にあんな奴の専属メイドをやっているナタリー様はよく襲われないよな。
ナタリー様は美人が多いメイドの中でもずば抜けて美人なのに。
「ああ……私はレオンハルト様の武術師匠も兼ねていますので、少し恐れているんですよ」
そう言って黒い笑みを浮かべるナタリー様の顔はとても頼もしかった。
俺がレオンハルト王子に虐められたらナタリー様とランドウル様に言えば全然問題ないかもしれん。
俺は知らずのうちに強力な人と関係を持てたことに若干嬉しくなった。
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