世阿弥(ぜあみ)——クリエイター全員が知るべき秘伝書『風姿花伝』の心得

たけや屋

世阿弥の『秘すれば花』

 世阿弥ぜあみといえば『秘すれば花』。

 それくらい有名な言葉です。


 具体的にどんな意味なのか?

 これは、芸人や作家など、お客さんに己の『芸』を披露する全ての人間に通ずる真理ともいえるでしょう。


 世阿弥の教えを身につければ、あなたもクリエイターとしてレベルアップ間違いなし。


 ◆ ◆ ◆


 世阿弥は室町時代、猿楽さるがくの家系に生まれました。猿楽とは現代で伝統芸能として扱われる『のう』のことです。

 父親は人気役者にして一座の座長であるかん阿弥あみ。根っからの芸人一家といえるでしょう。


 少年時代の世阿弥が猿楽能に出演したことで足利将軍の目に止まります。

 征夷大将軍が後援者パトロンになったことにより、世阿弥は業界で成り上がっていきました。産み出した流派や教えは現代にも多く残っています。


 そんな著書のひとつ『風姿花伝ふうしかでん』で世阿弥は語っています。

 秘すれば花——であると。


 クリエイターが成功する上で大事なことが詰まっている風姿花伝。これはリアル秘伝書です。ずっと名家に秘蔵されていたので、一般人はその名すら知りませんでした。広く国民に読まれるようになったのは明治時代末期からだといいます。

 では、その中身を読み解いていきましょう。


【生涯諦めないことが稽古である。どんな天才でも諦めたらそこで成長は止まる】


 プロ中のプロ、将軍の前で演じていた超一流の人がこう言っているんですから、我ら凡人が修行をサボっては成長などあり得ません。


「オレ天才だからトレーニングとかダサいことしなくても最強なんだよね」

 とか言ってるヤツは(いくらその人が本当の天才でも)あっという間に他人にブチ抜かれることでしょう。昨今世間を沸かせる将棋や野球の天才が、日頃どれほど鍛練を積んでいるかはいうまでもありません。


 他にも、演目の中での【序破急】も世阿弥の考案だと言われています。秀でた才能が無くても、台本を書くときに基本を守っていれば優れた作品になると。


 初心を忘れないことの大切さも繰り返し述べられています。

 それなりの腕前を身につけたベテランが、

「オレ様はもう芸をマスターしたから基本とか基礎とかは必要ねえ!」

 と図に乗っていたらまたたく間に没落していくぞ! と。


 そして世阿弥が成り上がる上で最も重要なポイントだった【幽玄ゆうげん


 静かで、おごそかで、空気がピンと張り詰めていて、底知れない雰囲気がただよっている——それが幽玄という概念。後の戦国時代や江戸時代はド派手なものが好まれましたが、室町の世ではこのような落ち着いた作品が珍重されました。


 世阿弥はこういった上級国民たちの好みを読み取り、修行のかたわら教養を積んでいきました。


 能とは本来神に捧げるもの。


 なのでその原典である神話伝説などを徹底的に勉強し——。

 当時の支配者層のマストアイテムだった中国(主に唐・宋)の書画しょが骨董こっとうの歴史やランク付けなども頭に叩き込み——。


 そのような膨大なインプットを元に、その場その場で『本当に望まれる芸』を披露したのです。その時々の顧客が好むのはどんなものだろうかと、毎回毎回微調整チューンしながら。


 まさにファンサの極致。

 大ウケしたのは言うまでもありません。


 このようにお客さんの需要を読み取り、プロとしてその要求に応えてみせることが芸人としての『花』である。お客さんの需要を無視して自分のやりたいことを押しつけるようなヤツは花にあらず——と世阿弥は著書『風姿花伝』の中で語っています。


 それを1行に凝縮したのが、

『秘すれば花なり。ただ時にもちゆるをもって花と知るべし』


 ちなみにこの世阿弥、若かりしころは上流階級相手に芸の限りを極めましたが、晩年はわりと悲惨です。歴史に残るような伝説の芸能者ですら都から追放され、墓の場所もわからない。何とも諸行無常ではありませんか。

 ですがクリエイターにとっての魂である作品は、こうして現代まで残りました。


 ◆ ◆ ◆


 以上は内容のほんの一部に過ぎません。

 風姿花伝には、技術の巧拙こうせつやプロ・素人を問わず、クリエイターとして大事なことばかりが書かれています。ぜひご一読を。


 ですが。


 世阿弥の有名な言葉『秘すれば花』は、お客さんを相手にするプロの心意気。

 ウェブ小説サイトや同人誌などで発表される趣味100%作品には当てはまりません。


 たしかに受け手を意識するのは大事なこと。それはプロも素人も変わりない。

 しかし趣味を仕事にした人間が、義務感などにとらわれてしまい、その趣味を以前のように楽しめなくなった——ということもよくあります。


 なので、せめて趣味の分野だけでは、誰に遠慮することなく、思う存分好きなものを表現するべきなのです。


 趣味こそが人生を潤す『花』なのだから、秘することなく咲き誇ろう!

(もちろん『誰に遠慮することなく』とはいっても、違法行為はダメですが)


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 参考文献


 世阿弥:著 佐藤正英:校注・訳『風姿花伝』ちくま学芸文庫

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