王太子は間抜けだったので

山吹弓美

王太子は間抜けだったので

 数多い聖女候補の中から、新しい聖女が選ばれたことを知らせるための集会。

 ……という名目で開かれたパーティ会場、その開幕前に一騒動が起きた。


「王太子であるこの私は、真実の愛の相手である次代聖女シャララを娶ることをここに宣言する」


 国王陛下、王妃殿下の入場前に一言、といって舞台に上がったカスハ王太子殿下。

 その殿下が、そのようなことをお抜かし……いえ失礼、宣言されたわけだ。


「サバル公爵令嬢カリンカ。そなたに愛情はないが、これまで私に寄り添うため学んできた時間と知識、そのまま捨て置くには惜しい」


 さらにこの王太子殿下は、大変にふざけたことを仰ってくる。本来の婚約者に対する言葉ではないだろう、それは。

 たしかに、それだけの知識を詰め込んだ相手を『真実の愛』などという不確かなもののために放逐するのは、王家にとって多大なる損失となるだろうが。


「今後とも我が側に仕え、私の助けとなれ。これは王太子としての命令である」


 言葉を選ばずに言えば、愛情のないお飾りの正妃になれ、仕事だけしておけと命じられたカリンカ・サバル。

 つまり、この私は。


「……婚約の解消については、お受けいたします」


 ひとまず、どうにかこうにかその一言を絞り出した。

 実際には父、即ちサバル公爵家当主メディにこの話を伝え、判断を仰ぐことになるわけだが……父も否を唱えることはないでしょう。うん。


「ですが、その後のお話については少々、お時間をいただきたく」


 そうして私は頭を下げた。

 だから、王太子殿下の一方的な言い分をまるっと父に伝えなければならないのだ。その後の判断その他に至るには、どうしても時間が必要となる。

 よって。


「では、失礼いたします。どうぞ、お幸せに」


 私にできることは捨て台詞……失礼、退去の挨拶をしてその場を去ることくらいであった。

 背後で王太子殿下と聖女がなにやら声を上げていたようだけれど、どうせ自己弁護だと思うので聞く必要はないだろう。何であれば後々、国王陛下や我が父の前で同じことを発言する機会もあるだろうし。

 退場した直後に、少しの騒ぎを耳にしたわ。ああ、国王夫妻が御出座しになったのね。しーらない。



「そうか。あのボンクラ殿下、そのような戯言を」


 さっさと帰宅した私は、王太子殿下のお言葉をさっくりと父に伝えた。

 母のプライベートルームで彼女とともにお茶を飲んでいた父は、私の報告を受けてにやありと笑みを浮かべる。王家特有の赤みがかった紫色の瞳は笑っておられないので、ああ、これはお怒りだ、というのはすぐ理解できた。

 サバル公爵家は建国二代目の王の第四王子を祖とする家柄で、つまりは私も低いながら王位継承権を持つ身である。もっとも、こちらに王位が回ってくるときは主要な王族が全滅したときだから……まあ、ないわね。アレが王位についたら、潰すこともやぶさかではないけれど。

 それはそうと父よ。曲がりなりにも王太子殿下のことを、ボンクラなどと呼んでいる時点で王家に対する敬意だの何だのというのがないと丸わかりですよ。ねえ。


「これからすぐ王城に向かいます。先触れと登城の手配をお願いね。それから、ミニットを呼んでちょうだい」


 もう一人、この場にいる……というか部屋の主である母。彼女の方はカップのお茶を飲み干してしまい、側に控えている侍女長に指示の言葉を飛ばす。

 我がサバル公爵家の家令は侍女長の夫で、この二人がいれば家内の作業は両親の不在時も問題なく進む。無論、当主の承認を必要とするもの以外、だけど。

 「はっ」と一つ礼をして音もなく退室した侍女長を見送って、母は私を手招いた。


「お疲れ様。カリンカと、ミニットのお茶を準備してあげて。夕食も、この子たちの分だけでいいわ」


「承知いたしました。厨房に伝えますので、失礼いたします」


 別のメイドに指示を出して動かした母が差し出してくれた、クッキーの一枚を頂く。ほのかな甘味に、空腹だったことに私はやっと気づいた。

 ミニット、サバル公爵家嫡男にして私の兄は、程なく部屋を訪れた。私は父に伝えたものと同じ言葉を、兄にも伝える。


「……なんですか。王太子殿下、寝ぼけておられるんですか」


「あらミニット、それは普通の寝ぼけている方々に失礼よ」


 父と母の最初の子として世に生を受けた兄は、ものすごく両親に似ていると評判である。今彼が浮かべている『全く目が笑っていない笑顔』なんてもう、そっくりとしか言いようがない。

 ……私も、特に母には似ているとよく言われる。ということは、今私は母と同じように目の据わった笑顔なのだろうか。それはそれで、外から見ると恐ろしい光景かもしれない。


「そんなわけで、わたくしとメディ様は国王陛下に『ご機嫌伺い』に参ります」


「ミニット、留守は頼んだ。早めに戻る予定だが、今日のディナーは無理だろう」


「カリンカは家で休ませておきますので、ほどほどにお願いしますね。父上、母上」


 母、父、兄。笑顔で会話する家族、といえば一家団欒もしくは全員で何やらの悪巧みを考えている悪役という感じだけれど。

 うちは前者にして後者なのだ。いえまあ、公爵家の一人娘ですしねえ、私。大事にされているのがよく分かってありがたく思う。


「すまんな。さて、手早く準備せんとな」


「そうね。それじゃあ、行ってきます」


「わかりました。ご武運を」


「行ってらっしゃいませ」


 兄上兄上、ご武運をってこれから戦いに出るお方に言うセリフです。いえ、間違ってはいませんけれど。

 といいますか、祈らずとも我が両親が負けるわけはないのですが。今の国王陛下、へっぽこぴーですからね。我がサバル公爵家の補佐あっての王家とは外国の方々からもよく聞くお話です。

 その極みが、かの王太子殿下が立太子、次期国王となるための条件。


「……王太子殿下、お前との婚姻が立太子の条件だってこと忘れてないかな」


「どうなのでしょう? 今後も側にいろ、ということは少なくとも公務を私に担当させるおつもりだったのでしょうが」


「そりゃまあ、既に王族としての教育が進んでるからねえ。ああ、妃として結婚だけはするつもりだったのか、アレ」


 ふむ、とお考えの兄上。白い結婚でも、結婚してしまえば条件は満たすと思ってるんでしょうね。


「お前の頭に詰まってるその教育内容、今から聖女様に詰め込めるわけがないとは分かってるんだろうけれど」


「お出来になるのであれば、何の問題もなく妃としてやっていけるはずですわね」


 できるのならばやってみろ、正直そう言って差し上げたいところである。だてに何年も王宮に通って教育を受けているわけではないのだ。

 最も、機密事項に関しては全く触れてはいない。それはそうよね、こちらだって王位継承権は持っているもの。その家に機密事項を持ち帰られたら今の王家はきっと、困り果てることになるから。

 王家が隠しておきたい問題を、私がサバル公爵家に持ち帰るなんていうことにならないように、教育はそこまで踏み込んでいないの。さて、今後はどうなることやら。


「……これから私、どうなるんでしょう」


「第二王子殿下に王太子を代わってもらって、そちらの正室になるのが一番手っ取り早い気がするけど」


 私の疑問に、兄は現実的な結論を告げてきた。いえ、ある意味非現実的ね。

 正直、私はお顔も拝見したことがないのだけれど……まだ赤子、なのよね。国王陛下、王妃殿下にべた惚れで側室も愛妾もいらっしゃらないから……ええもう、年齢のせいで現実的な結論なのにとっても非現実的なわけ。


「何なら我が妹を女王にする、なんて手もなくはないけどね。継承権はあるんだし」


「私もそれは考えたのですが……正直、長として立つのは面倒ですわ」


「だよね」


 兄上。

 継承権の順位で言えば、あなたのほうがひとつ上です。


 思わずジト目でそれを主張してみようとしたのだけれど、辞めておこう。何しろ、じゃあ今の王家潰してやってみようかとおっしゃいかねないので。




 さて、両親が王城に突貫した結果。

 王太子殿下は、第一王子殿下となられた。ひとまず、次期国王確定は取り下げ。

 次代聖女シャララ様は、聖女としての務めを果たしながら王子妃になるための教育を受けることとなった。まあ、頑張ってくださいませほほほ。

 私は婚約の解消を受け、慰謝料をがっぽりといただきました。第二王子殿下との縁に関しては……万が一仲良くなれたら、とお間抜けなことをご両親がお抜かしあそばされたので父が「寝言を言うな(意訳)」とはねのけられたそうで。


「で、母上の祖国に移住ですか……」


「だって、このままこの国に残っていたら冗談抜きで第二殿下とくっつけられるか、その他の王族があなたを押し倒すかになりそうなんですもの」


 母上、それはつまりこの国の王族が既成事実作って結婚に持ち込みたがっているとそういうことですか。それは御免だ。

 そういう理由で父母はこの国を見切ることにして、私も共に母の祖国に引っ越すこととなった。そもそも、王家の後見みたいなことはしていたけれど重職についていたわけでもないので、

 爵位については、兄が引き継いでくれた。ミニット・サバル公爵となり、しっかり領地を治めていくとのことだ。


「いやまあ、第二王子がちゃんと育ってくれなければ僕が王位継いで差し上げようかと思ってるところ。国王陛下、ちゃんと子育てしないと国取られちゃうよってそれとなくほのめかしておいたからね」


 ……などと、冗談に聞こえない冗談を仰っている。やっぱりしーらない。


 まあ、十年ほどで本当に兄上が王座にお座りになるなんてわからなかったから、当時の私はそんな呑気なことを思えていたわけだけれど。

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