第2話 先輩
それから3年も過ぎた頃だった。
私は大学2年生になっていた。
私は4年前の思い出したくない恋愛を最後にそれ以降誰とも付き合ってはいなかった。
大学も共学制だった為、校内でたくさんのカップルを散見できたが、私は時々少し羨ましい気持ちになった。
幸せそうに手を繋ぐカップルや一緒に講義を受けるカップル。
私はそれらを目撃する度に、"私にもあんな時代があったな・・・"と中学時代お付き合いしていた元カレとのデートを思い出した。
放課後に手を繋いで帰ったり、帰り道に神社に道草して真っ暗になるまで話し込んだり。
付き合い始め最初の誰もが一番ワクワクしてドキドキするあの期間だけだったけれど、時間が経ったからだろうか、とても綺麗に思えた。
そう思える程にそういった恋愛のあれやこれが遠いものになってしまったのだろう。
私は大学ではピアノサークルに所属することにした。
元々ピアノも習っていて音大に行くレベルまでに至らなかったが、今でも好きだから趣味でよく弾いている。
これは私がピアノサークルに入って、半年が過ぎるか過ぎないかぐらいの出来事だった。
「リストの愛の夢か、いいね。俺も好き」
そう話しかけてきたのは3年の先輩だった。
「いいですよね、私もリスト好きです。でも手が小さくて他の曲は難しくて弾けません」
私はそのように答えた。
すると先輩は"ちょっと貸して"と私の隣にちょこんと座り、リストの「ラ・カンパネラ」を弾き出した。
「すごい・・・」
私は自然と感嘆の息が漏れた。
ラ・カンパネラはリストの曲の中でも難易度が高いと言われている楽曲だ。
それをさらっと弾き出す先輩におもわず見惚れてしまった。
私は先輩のその姿を見て、胸の高鳴りを抑えられずにいた。
その日の夜だった。
私は無意識に先輩のことばかり考えていた。
先輩はあんな風にさらっと私の隣に座りピアノを弾き出してしまう辺りから、きっと女慣れしているのだろうなと感じていた。
先輩ともっと仲良くなりたいな、もし付き合えたらどうしよう。
ピアノ上手いしかっこいいし付き合えたらいいな、だけど怖い――たくさん他にも女がいて、またヤリ捨てられたりなんかしたらどうしよう。
私は先輩と付き合ってすらいないのにそんなことばかり考えた。
だってもし付き合ってしまったらそういう"コト"も考えなくちゃいけない。
だからまだ付き合う前に、石橋を何度も何度も叩いて、また私がこのヒトとなら何があってもいいと思えるかどうか、私自身の"好き"という気持ちの程度を確認しないとならない。
それができて初めて私からアプローチができる、と私は考えた。
それから幾ばくか経った頃、私が"このヒトなら私のことを大事にしてくれる――絶対にヤリ捨てしたり酷い扱いをしてこない"と思うきっかけとなった出来事があった。
それは、先輩が実はピアノ以外ではどちらかというと控えめで大人しい性格だということがわかった出来事だった。
ある日、ピアノサークルで文化祭ライブの打ち上げ会があった日の出来事だった。
先輩は隅の方で一人大人しくお酒を嗜んでいた。
基本的に他人との交流が得意ではないのだろうか、それとも人嫌いなのだろうか?
だったらサークルなんかに入らないだろうし、飲み会にも参加しないだろう。
じゃあなんで一人でいるのだろう?
私は先輩のことも気になっていたが、先輩の雰囲気にも興味が引かれていた。
「先輩、私も一緒に飲んでもいいですか?」
私はいつの間にか先輩と同席していた。
少しお酒を飲みすぎていたのかもしれない。
「いいよ」
先輩はここでもさらっと返事をした。
「先輩はどうして一人なんですか?」
酔い過ぎたせいか、私はここでも直球ストレートな質問をする。
私の質問に少し驚いたのか少しだけ目を大きく開け、私の顔を直視すると数秒後すぐにいつもの表情に戻った。
「君は随分直球な質問をするね」
先輩は少しそう言って笑うと――
「こういうところでの騒ぎ方やどうしているのが正解なのか、わからないんだ」
先輩をそれに続いて身の上話をぼそぼそとしてくれた。
小さい頃からピアノを習っていたこと、だから先輩の人生がピアノ一色だったこと。
――ピアノしかやってこなかったからそれ以外が"わからない"ということ。
先輩も酔っていたのかもしれない、それか一緒に話をしてくれるヒトがいなくて寂しかったのかもしれない。
私は想像以上に先輩といろんな話ができたことに驚き、そして喜んだ。
「じゃあ先輩、私と一緒にテーブル周りましょう!」
私はいつの間にか先輩の手を引いて、席を立っていた。
先輩は少し困った顔をしながらも付いてきてくれた。
他のテーブルにいるヒト達と先輩と私とでいろんな話をした。
多くのヒトが先輩に話しかけにくい雰囲気を感じていたことと、そして"ピアノがくそ上手い"という感想を持っていたことがわかった。
おそらくその2つが重なり、先輩に話し掛けられなかったのかなと私はその時感じたのだった。
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