第331話 番外編⑤『変態クラスメイト』
不破春菜。
高校二年の文化祭で少し絡み、それから少しずつ話すようになったクラスメイト。
堤真奈美と仲が良く、一緒にいることが多かった彼女だけれど、三年生になったタイミングで堤さんとはクラスが別々になってしまった。
三年でも俺は彼女とクラスが同じなので、たまに言葉を交わすことがある。
相変わらず、口を開けば下ネタばかりだが。
『ねえ、志摩。彼女とは最近どうなの?』
あれは四月の終わり頃だったか。トイレの帰りにたまたま同じような理由で教室に戻ろうとしていた不破さんと並んで歩いていたときのこと。
『どうって、別に普通だけど。これまでと変わらないかな』
『そんなこと訊いてないわよ』
『いや訊いてたと思うけど!? じゃあなにを訊いてきたんだよ』
『ぶっちゃけ、ヤッたかヤッてないかよ』
廊下のど真ん中、まだお昼にもなっていない時間に何言ってんだこいつと思った。
『あの日向坂陽菜乃と付き合って、もう何ヶ月経つのよ?』
『半年くらい?』
『それで手を出してないって本当にインポか、それかよっぽどのチキンよ』
『よっぽどのチキンなんだよ』
みたいな会話が繰り広げられる。
想像したくないから、できればそういう話題は避けたいところなんだけど、彼女は許してくれないのだ。
俺だって考えないわけじゃない。
恋人として同じ時間を過ごして、少しずつ心の距離も近づいていって、そろそろそういうステップを踏んだりするものなのかな、とか。
ネットでも調べた。
結局なにも分からなかったけど。
それに関してはとりあえず置いておいて。
話を戻すけれど、そんな不破さんは果たして恋愛経験があるのか。また、そういった経験があるのか。それはふと疑問に思うことがある。
経験がないのにあんな話題ばかり投げてくるのはどうなんだろう。興味だけで動いている可能性だってゼロではないけど。
それについて、誰に訊いても皆分からないと口にする。あの堤さんでさえ、不破さんの恋愛事情を把握していないのだ。
「おい、あれ不破さんじゃないか」
放課後。
たまには一緒に帰ろうと誘われ、俺は樋渡と帰宅していた。陽菜乃と柚木もいるので、実質四人での帰宅となっている。
秋名は柚木と違い、しっかりと部活動に勤しんでいるようだ。
このまま帰ることはなく、多分どこか寄り道していくことになるだろうなと思っていると樋渡がそんなことを口にした。
言われてそちらを見やると、確かにそれっぽい人影がある。
さらさらした長い髪。
特徴的な高身長。
文句なしのナイスバディ。
ふむ、あれは間違いなく不破春菜だ。
容姿だけならモデルや芸能人みたいなレベルなんだよな。口を開けば残念極まりないが。
「誰か待ってるっぽいね」
樋渡の声に続いたのは陽菜乃だ。
まるで犯人を追う警察のように影に隠れる。陽菜乃はノリノリだった。
「普通に友達じゃないのか?」
同じ学校の友達と駅前で待ち合わせっていうのも変な話か。だとしたら、他校の友達か、あるいは別のなにかか。なにをキョロキョロしているのかってなるけれど。
不破さんの動きはどうにも不審に見えた。それこそ、お金を奪い逃走している犯人のようだ。
「何してるんだって声かけたら?」
俺が問うと陽菜乃がこちらを向く。
「それで真実を語るとは限らないでしょ?」
「ちょっとは真面目に考えろよ、志摩」
なぜか陽菜乃と樋渡に怒られた。
これ、ついて行けてない俺が悪いのかな。こういうときに一目散にあちら側につきそうな柚木が意外とクールなことに驚きだ。
「あんまり乗り気じゃないな?」
盛り上がる陽菜乃と樋渡を放っておいて、俺は柚木に話しかける。柚木は「そう?」と口角を上げながら言う。
「あたしまであっち側に行ったら隆之くんが可哀想かなって。行ってあげようか?」
「いや、こっちにいてくれ」
柚木まであっち側に行ってしまえば帰りたくなってしまう。自分があっち側に行くという選択肢もあるけど、ちょっとテンション上げきれないですねえ。
などと考えていると、
「おい、見てみろ」
樋渡が俺と柚木に呼びかけてくる。
何事だと二人に寄って、空いているスペースから駅前の不破さんを覗き見る。
ふわりといいにおいがして隣を見ると陽菜乃の顔がすごく近くにあった。
去年のクリスマスに俺と陽菜乃は始めて唇を重ねた。一度目を済ませば二度目からは抵抗とか躊躇いとかがなくなってか、陽菜乃がわりと求めてくるようになり、幾度か経験している。
が、至近距離に顔があるのは今でもドキドキしてしまう。
俺は気を取り直して不破さんの方に視線を戻す。
「あれ誰なの?」
いつの間にか不破さんと合流していたのは歳の離れた男性に見えた。大学生くらいではなく、恐らく社会人だろう。
「分からない。けど、ちょっと危ないにおいはするな」
柚木の疑問に答えたのは樋渡だ。
危ないにおいねえ。
まあ、言いたいことは分からないでもない。
「危ないにおいって?」
陽菜乃はピンときていないのか、クエスチョンマークを浮かべる。
「パパ活的なやつだよ」
「パパ活?」
樋渡の答えに、陽菜乃はさらに怪訝な顔をした。パパ活知らないのか、と驚きつつもこれからもそういうピュアな部分を大事にしてほしいなと思う。
「若い女の子がお金を貰って大人と食事をする活動のことだよ」
「春菜ちゃんがそんなことを?」
「そうとは言い切れないけどな。けど、彼氏と言うにはちょっと歳が離れているように見える」
「これは真実を明らかにするしかないね」
「そうこなくっちゃな。行くぞ! くるみ、志摩!」
進み出した不破さんを追って、陽菜乃と樋渡が走り出す。俺と柚木は顔を見合わせた。彼女はにこりと笑って口を開く。
「さあ行くよ隆之くん! 春菜ちゃんの無実を証明するためにね!」
「……置いていかないでくれ」
*
駅を挟んで向こう側へ行くと商店街がある。広海さんのケーキ屋もその中にあるのだけれど、そこを抜けてさらに進んでいくと広い道路に出る。
そこまで行くとカラオケやボウリングがあったり、ごはん屋のレパートリーも増えるのだけれど、歩いて行くには絶妙な距離なので放課後の寄り道で行くことはあまりない。
俺だけが自転車を持っていて、このまま尾行を続けるには邪魔になると考え、広海さんに頼んでお店の前に置かせてもらう。帰りにケーキを買って帰ろう。
さっきよりも近づいたことで相手の男の情報ももう少し読み取れた。
年齢は二十代後半くらいだろうか。
高身長で、わりとイケメン。けれどどちらかというと気は弱そう。良く言えば優しそうという印象だ。
不破さんの彼氏だと紹介されれば、結構歳上の人を選んだなとは思うけど納得はできる。
そして、そんな人と付き合っていればいろいろと経験しているだろうから、いつものような下ネタが出るのも分かる。
「こうして尾行してると、隆之くんと陽菜乃ちゃんの様子をこっそり見てたときを思い出すね?」
「たしかにな。あれはあれでスリルがあって楽しかった」
「なにしれっと尾行をカミングアウトしてくれてんだよ」
そんな話聞いたことないぞ。
俺のツッコミに柚木と樋渡は申し訳無さそうな表情を見せたりはせずに、なぜか誇らしげに笑いやがる。なにわろとんねん。
「毎回じゃないよ? たまにだよ?」
「たまになら許されると思うなよ」
「三組の連中の中では見かけても邪魔しない代わりに影でこっそり見届けることは許可されていたんだよ」
「許可してませんが!?」
誰だよ無責任に許可したやつ。
まあ、柚木樋渡じゃないのならどうせ秋名とか秋名とか秋名だろうけどさ。
「陽菜乃もなんか言ってやれよ」
「まあまあ。そうすることでわたしと隆之くんの時間を邪魔する人はいなかったし、隆之くんを狙う女の子も現れなかったんだから。我ながらナイスアイデアだったよ」
「まさかの張本人かよ!?」
陽菜乃がくすくすと笑う。そんな俺に樋渡が「声が大きいぞ」と注意をしてくる。尾行そのものが悪なのに、怒られるのはどうなんだと思ったけど謝罪しておくか、と諦めたときだ。
「なにをしているの? あなた達」
気づけば不破さんにバレていた。
樋渡と柚木と、陽菜乃までもがお前のせいだぞと睨んでくる。これは理不尽だと思うんだけど。
「不破さんが男と歩いてるのがたまたま見えたんだけど、志摩が尾行しようって言い出して」
「そうそう。わたしたちはプライベートを探るのは良くないって言ったんだけどね?」
「あまりにもノリノリだったから。ストッパーとして一応あたしたちも同行してたんだ」
「息を吸うように裏切るじゃん」
ジトーと不破さんがこちらを睨む。
三対一なので何を言っても無駄そうなので、俺は諦めて黙ることにした。
「それでそれで、あの人は彼氏さん?」
「彼氏? いやいや、全然違うわ」
不破さんが、少し離れたところでこちらの様子を見ていた男性に手招きをする。
隣に立った男性の腕にするりと自らの腕を絡めてスキンシップを取った不破さんが言う。
「私の兄よ」
「兄妹で恥ずかしい。離れろ、春菜。どうも、春菜の兄です。いつも妹がお世話になってるようで」
ぺこり、と丁寧に頭を下げてくるお兄さんに、俺たちも挨拶を返す。
二人とも高身長で容姿も整っていて、並んで見ると絵になるペアだ。けど、兄妹というには似ていないような。
「兄妹と言っても義理なんだけどね。だから、結婚はできるしセックスだってできてしまうわけ」
「こら、こんなところでそういうこと言うな」
びしっと不破さんの頭に軽くチョップを当ててお兄さんがツッコむ。良かった、ちゃんとした倫理観を持っている人だ。
ていうか、義理とはいえ兄の前でもそうなのか。
「二人でどこかに行くところだったんですか?」
柚木がお兄さんの方に尋ねた。
不破さんにばかり話しかけるより、お兄さんに訊いたほうが輪に入れるだろうという柚木の気遣いだろう。
「ラブホよ」
「買い物だよ。春菜がどうしてもって言うから」
「ゴムを買いにね」
「服が欲しいってうるさいから」
びし、びし、とお兄さんは何度も不破さんにチョップを喰らわせる。もちろん本気ではなく軽く。不破さんは不破さんでそれを嬉しそうに受けていた。
まるで飼い主とじゃれる猫のよう。
あんな顔するんだな、と驚いてしまう。
「そういうことなら邪魔しちゃ悪いね。あたしたちはもう行こっか」
「そうだな」
柚木の言葉に樋渡が頷く。
お兄さんの方に軽く会釈をして二人と分かれたのだけれど、去り際、不破さんが陽菜乃になにかを耳打ちしていた。
嫌な予感しかしない。
「なに話してたの?」
「んー? ないしょ」
口を開けば下ネタしか言わないあの人が、まともな助言をしているとは思えない。
不破さんの知らざる一面を知れたというよりは、いつかどこかで俺の理性が試されるような気がした、というのが今回の一件に対する俺の感想だった。
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