第324話 聖なる日の誓い⑮
閉園時間を間近に控えた園内はどこか寂しげな雰囲気を醸し出していた。
昼間の賑わいを見ていたからこそ、夜の静寂はまるで夢の終わりを告げているよう。
観覧車から降りた俺たちは残りの時間をぷらぷら歩いて過ごすことにした。
時間からしてアトラクションに乗れたとしても一つだろうし、急いで向かってまで乗りたいものはない。
ということで、光の中をゆっくりと歩きながら出口へと向かうことにした。
「……」
「……」
俺と陽菜乃の間に会話がないのは、周りが静かだから空気を読んでいるというような理由ではない。
ゴンドラから降り、地上に足をつけた瞬間に、これまで気づかずにいた恥ずかしさが込み上げてきたのだ。
俺たちは観覧車で初めてのキスをした。陽菜乃にお願いされて、そのまま二度目のキスもした。
そこまでは良かったんだけど。
いや、まあ、そこからも別に良かったは良かった。
ただ、二度の幸せ時間を味わってしまった俺たちの感覚は確実に麻痺した。
見ている人はいなくて、止める人もいなくて、そこには俺と陽菜乃の二人しかいなかったからやりたい放題だった。
つまり陽菜乃が爆発した。
『隆之くん、もういっかい』
ゴンドラが地上に近づくまで、陽菜乃のお願いは何度も続いたのだ。
観覧車から離れ、頭が冷めたことで自分のしたことに急に羞恥心のようなものが生まれたのかもしれない。
そんな彼女にどう声をかけていいのか分からず、そもそもを言うと顔を見るのも恥ずかしくて俺たちはただ黙々と歩いていた。
こういうときにスマートに声をかけることができる男がモテるんだろうなあ。
だというのに俺ときたら何も思いつかずにだんまりを続けている。
さてどうしたものか、とぐるぐる考えていると俺の手が柔らかいものに握られる。
陽菜乃が俺の手を握ってきた。
驚いて彼女の方を見ると、陽菜乃は恥ずかしいのか頬を赤らめながら「えへへ」とくすぐったそうに笑った。
俺はその手を握り返す。
まだ二人の間に言葉はないけれど、それでも俺たちは繋がっている。握った手と手により、それを強く感じた。
最後にイルミネーションを見ながら帰ろうと、何となく二人の足取りが一致したのでぐるりと園内を回る。
沈黙は不思議と心地良かった。
そうして、ゆっくりと出口へ向かっていると営業時間終了のアナウンスとともに、終わりを告げるメロディが流れ始める。
「終わっちゃったね」
入ってきたときに横に見えた火山がちらと顔を覗かせた頃、ぽつりと陽菜乃が呟いた。
隣にいる彼女を見ると、その横顔は少し寂しそうだった。
祭りのあとはいつもこうだ。
楽しい時間は経つのがあっという間で、気づけば終わりの時間はすぐそこにやってきている。
もっとずっと一緒にいたいと思って。
けれど、どうしようもなくて。
時間が巻き戻ればいいのにと願いながら。
またあした、と手を振る。
「えっとね」
言って、陽菜乃はカバンの中をガサゴソと漁る。なにを探しているのかと見ていると、彼女は可愛らしくラッピングされた袋を取り出した。
「これ、渡しそびれちゃうから」
そして、それを俺に渡してきたので受け取る。持った感じ、そこまで重たいものではなさそうだ。
「クリスマスプレゼントだよ」
「ああ、そうだった」
観覧車の中ではいろいろあってすっかり頭から抜け落ちていた。危なかったな。このままだと陽菜乃の言う通り渡しそびれるところだった。
思い出して、俺もカバンから小さな箱を取り出し、それを彼女に渡す。
「俺からも。これ」
「ありがと」
受け取った陽菜乃はそれを大事そうに胸の前でぎゅっと抱きしめた。
「開けてもいい?」
「も、もちろん」
自分の考えが正しいのかそうでないのか、それは俺が陽菜乃の為に何かをしようと思う度に浮かび上がる疑問というか、不安だった。
なので今回のプレゼント選びだって、買うときも買ったあとも今この瞬間でさえも不安は俺の中に残り続けている。
陽菜乃が丁寧にラッピングを剥がしていき、中の箱を開けるのを、俺は心臓をバクバクさせながら見届けた。
「わぁ」
彼女から感心の声が漏れた。
それを見る陽菜乃の瞳は、まさしく宝石のようにきらきらと輝いていた。
「ネックレス?」
陽菜乃は箱からネックレスを取り出すことはせずに、俺の方にぱあっと明るくなった顔を向けてきた。
俺はそれにこくりと頷いて見せる。
プレゼントはなにがいいのか、最後の最後まで悩み続けた。ネックレスや指輪はどうなんだろうと思ったけれど。
「それ見たときに、なんか陽菜乃が思い浮かんだっていうか」
「……ありがと」
溢れ出る喜びをそのまま表情に出したような笑顔でネックレスを眺めた陽菜乃は、ぱっと顔を上げて俺との距離を詰めてくる。
さっきのキスを思い出して俺は一瞬たじろいだけれど、陽菜乃の目的はそこにはなかったようだ。
「ねえねえ、隆之くんがつけてくれる?」
俺にネックレスを渡して陽菜乃くるりと背中を向けてくる。そして、長い髪を手でかき上げた。
ドラマとかで観たことあるシチュエーションだけど、まさか俺がこれをするときがくるとは。
俺はネックレスを手にして彼女の前の方に手を回す。結果的に後ろ抱きみたいな感じになってちょっと照れる。
少し手こずりつつもネックレスをつけると、陽菜乃がこちらを向いて「どうかな?」と見せてくれた。
雫のような形をしたシンプルなネックレス。色がシルバーが基調ではあるんだけど、たんぽぽのような明るさが混じっている。
どうしてこのネックレスと陽菜乃が重なったのかは、今こうして見ても分からない。
けれど、一つだけ。
「うん。想像通りに似合ってる」
「ほんとに?」
俺がそう言うのなんて分かっていただろうに、それでも陽菜乃は笑顔をとろけさせて「ありがと、隆之くん」と口にした。
そして、なにかを思いついたような顔をしてから、
「隆之くんも開けていいよ?」
そんなことを言った。
「ああ、うん」
よくよく考えたら閉園時間を過ぎているのであまりゆっくりはしてられないな。
そう思ったのだけど、周りでは呑気に記念撮影をしている人やそもそも駄弁っている人がいて、意外とそうでもないのかと思わされる。
慌てる必要はないにしても、のんびりするのも違うだろうから俺はとりあえず袋からプレゼントを出すことにした。
わざわざ言ってきたということは、目の前で開けてほしいのだろう。そんなに自信があるのかな。
破れないように袋を開けて中のものを取り出す。
中から出てきたのはネイビー色のカシミヤマフラーだった。あまり詳しくない俺でも、これが良いものだということは分かる。
「隆之くん、それちょっと貸して」
言われるがままに俺は手にしていたネイビーのマフラーを陽菜乃に渡す。彼女はじっと俺の方を見ていて、どうしたのだろうと思っていると「しゃがんで?」とさらに言葉を付け足した。
ああなるほど、と俺は陽菜乃の身長に合わせてしゃがんだ。
彼女はマフラーを俺の首にくるりと回して、なんかよく分からないけど良い感じにつけてくれた。
「わたしもつけてもらったからね。お返し」
「ありがと」
首周りになにかがあるというのは少し違和感を覚えるけれど、なるほどこれは中々に温かい。慣れれば快適な冬を過ごせるかもしれないぞ。
「うん。想像通りに似合ってるね」
俺の姿を見た陽菜乃がからかうように言った。
彼女の言葉にきっと嘘はなく、だからこそ直接的な賛辞に照れた俺は「どうも」と返すしかなかった。
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