第321話 聖なる日の誓い⑫


 冬になると日が落ちるのが早く、十七時を過ぎた頃には辺りが徐々に暗くなり始める。


 このくらいの時間に夜が顔を覗かせると、ああもう冬なんだなと思わされるのだけれど、俺はその感覚が嫌いではない。


「わあ」


 どうしようかと園内を歩いていると、まるでパーティでも始まったように、一斉にライトアップされ始め、それを見た陽菜乃が感動の声を漏らした。


 遊園地のイルミネーションだから、あくまでもオマケ程度かなと思っていたけど、俺の予想はいい意味で裏切られた。


「すごいね!」


「ああ。想像以上だ」


 広場の方へ行くと金色のような白のような光が、雨が降るように垂れ落ちるライトアップがされていた。

 かと思えば、その光は色を変え、カラフルなカーテンを創り出す。


 あんまりイルミネーションを見る機会はなかった。

 子供の頃に家族で何度か見に行ったことはあるけれど、それだけだ。友達と一緒に見に行くことはなかったし。


「久しく見てなかったけど、こんなきれいなんだな」


「そうだよね。気を抜いたらずっと見ていちゃいそう」


 ちらと陽菜乃の様子を見てみると、うっとりと見惚れるように視線をイルミネーションに向けていた。


 光が灯っているのはこのエリアだけではなく、園内の至るところがライトアップされている。

 このクオリティならばイルミネーションを見て回るだけでも時間がかかりそうだな。


「ちょっと見て回ろっか?」


「そうしようか」


 俺がそう言うと、陽菜乃はこっちに手を差し伸べてくる。それが何を意味するのかはもはや言うまでもなく、俺はその手を握った。


「隆之くん、手寒くないの?」


 歩き出して少ししたとき、陽菜乃がそんなことを訊いてきた。

 彼女はもこもこの手袋をしているけれど、俺は何もしておらず手は真っ裸だ。


 寒いなと思ったらポケットに入れたりするからあんまり手袋を必要だと思ったことはないんだよな。


「寒くないことはないけど、最悪ポケットに入れるし」


「そうなんだ」


 はえー、と感心したような声を漏らす陽菜乃。確かに思い返してみれば陽菜乃は寒くなってきたら手袋はしてたな。彼女からすると冬のマストアイテムなんだろうな。


「あ、そうだ」


 何かを思いついたらしい陽菜乃は「ちょっとごめんね」と繋いでいた手を放し、何を思ったのか手袋をはすした。


「どうかした?」


「うん。ちょっとね」


 再び手を握ってくる。陽菜乃の手の感触と体温が直に伝わってくる。同じ手のはずなのに、どうして男と女でこうも違うんだろう。


 するりと指を絡められるとぞくぞくした。多分、これはあんまり良くない感情だなと思って押し殺す。


「あったかいね?」


「そうだな」


 もう片方の手はポケットに突っ込んでおく。基本的に俺は左で陽菜乃は右に立つことが多いので手を握るのはいつも右手。こんな寒空の下に放置すれば左手が嫉妬の炎を燃やしてしまうのでせめてポケットの中で休んでもらおう。


 周りもカップルが多くて、この時間になってくると雰囲気に酔い始めるのかイチャイチャする人もちらほら見かける。


 だから手を繋ぐくらいは恥ずかしくなくなってくるから不思議だ。


「子供の頃にね」


 道を歩けば光が視界に灯る。目的地を決めずにぶらぶらと歩いていると陽菜乃がふとそんなことを口にする。


「うん」


「イルミネーションがすごい不思議だったの」


「どういうこと?」


「例えばほら、あれ」


 陽菜乃が指差したのはイルミネーションが絡められた木だ。クリスマスシーズンになるとよく見る光景ではあると思う。


「木が光ってるように見えない?」


「まあ、見方によっては」


 さすがにそうは見えないけれど、子供の頃ならばそう勘違いする人もいるのかもしれない。

 俺は早い段階でそういうロマンチックな思考は失っていたけど、梨子は今でもサンタを信じているくらいロマンチストだから、そんな勘違いもするかもしれないな。


「なんで木が光ってるんだろって思って、おとうさんに訊いたことがあるんだ。どうして木が光ってるのって」


 陽菜乃を見ると、カラフルな光に彩られた木を眺めていた。懐かしむようなその瞳には、当時の景色が浮かんでいるのかもしれない。


「そしたらおとうさんがね、星が空から降ってきて木に光を灯すんだよって教えてくれたの」


「へえ」


 愉快なお父さんだというイメージが強く残っているので、そういうロマンチックなセリフを言うようには思えなかった。


「だから、わたし中学になる前くらいまではイルミネーションって星の光だと思ってたんだ」


 おかしいでしょ? と陽菜乃は俺に恥ずかしそうな笑みを見せてきた。


「可愛いエピソードだと思うけどね。純粋な子だったんだなって」


「そうかな」


「ちなみに、サンタクロースっていると思う?」


 夢見心地な陽菜乃がふと梨子と重なったので、俺はそんなことを尋ねてみた。


「さすがにサンタクロースがいないってことは分かってるよ」


「いつくらいに知ったの?」


「中学二年生だったかな」


 それでも結構しっかり信じていたんだな。まあ、陽菜乃の両親は愉快な人たちだからクリスマスとかしっかり楽しく面白く行いそうだし、サンタクロースのコスプレとかしてたのかもしれないな。


 梨子はいつ知ることになるんだろうか。


「けど、いたらいいのになとは今でも思ってるよ?」


 そのとき、俺たちは幼稚園くらいの子供と両親が手を繋いで歩いている家族とすれ違う。


 陽菜乃はそんな家族に温かい瞳を向ける。俺は「そうなの?」と返すと、彼女はこくりと頷く。


「子供の笑顔のために世界を飛び回るって素敵じゃない? そんな人がいたら、きっとみんな幸せになれるよ。さすがに世界を飛び回ることはできないけれど、わたしもそうなれたらって思うんだ」

 

 きっと、世界中の誰もが幸せになることはできないだろう。

 だから、それは夢物語なのかもしれないけれど。


 けど。


 その考えは素敵だなと思った。



 *



 イルミネーションを見て回って、園内をぐるりと周り終えた頃には一時間ほど時間が経っていて、少しお腹が空いたということでお腹を満たした。


 夜になると昼ほどにお客さんもいないからアトラクションに乗るのも待ち時間はあまりなかった。


 二つほど楽しんだところで時刻もそろそろ良い頃合いだった。


「ちょっとお手洗い行ってもいい?」


「俺も行っとこうかな」


 用を足して手を洗う。

 水を止めて顔を上げると目の前の大きな鏡に自分の姿が写っていた。

 朝に比べると髪のセットは崩れていたけど、それでも服装もあって、そこに写っているのが自分じゃないみたいだった。


 はあ、と大きく息を吐く。


「……よし」


 頬をぱんと叩き、気合いを入れて外に出る。陽菜乃はまだらしく、俺は少しの間待つことにする。


 何をするでもなく周りを見ていると、ひと気のないところへ入っていくカップルが見えた。


「……」


 手を引いていたあの男性は緊張とかしてるのかな。いや、してないか。もう慣れてるって感じだったし。


 だったら、初めてのときはどうだったんだろう。


「おまたせ」


 振り返ると陽菜乃がいた。

 俺と目が合うと、彼女はいつも笑顔を見せてくれる。陽菜乃が笑うと、不思議と心が落ち着くんだよな。


「どうしよっか。もういい時間だよね?」


 すうはあ、と小さく息をする。


「最後に乗りたいやつがあるんだけどいいかな?」


「うん、いいよ。どれ?」


 陽菜乃は園内マップを広げたけれど、そんなまどろっこしいことをする必要はなかった。


 なぜならば、ここからそれはしっかりと見えているから。


「あれ、なんだけど」


 俺はチカチカと光る観覧車を指差しながら言う。陽菜乃はその指先を視線で追って観覧車に辿り着いた。


 こくり、と喉の音が鳴ったような気がした。


「……もちろんいいよ。じゃあ、行こっか」

 

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