第319話 聖なる日の誓い⑩
道は一本道で、迷う心配はなさそうだ。微かな明かりが行道を照らしている。
ここを進むと部屋があるらしく、そこを抜けてからがスタートということなのでここは何かが起こる心配はない。
まあ、そう言っておいてという可能性もゼロではないけど、わざわざ危険な方向に進ませるのもアレだし多分大丈夫だろう。
なのに。
「……」
「まだ始まってもないよ?」
「しししし知ってるよ」
「しが四個多い」
陽菜乃が既にめちゃビビリモードに突入している。今からそんな状態でゴールにまで辿り着けるとは思えないけど。
一応、道中に幾つかのリタイアエリアがあるらしい。優しいシステムだとは思うけど、ここで気にするべきなのはリタイアする人がいるくらい怖いということだ。
そんなレベルのお化け屋敷だ、陽菜乃には少し、というかだいぶ荷が重い。これは途中リタイア濃厚だ。
言われた部屋に辿り着く。
俺たちが部屋に入ってすぐにテレビがついた。今の時代では見ることのないブラウン管のテレビだ。
ザザザと映像が揺れ、俺たちが今いる部屋と同じ場所に、白黒の少女が映った。その少女が眠りにつくと、街の真ん中にその少女が立つシーンに切り替わる。
目の前には傷だらけで悪魔のような形相をした高身長の男が立っていて、抱えていた人間を持っていたナイフで殺してしまう。
その人間から逃げる少女だが、まるでからかっているように少女の行く先々で姿を見せた。最終的にはその少女も犠牲となってしまう。
なにかの映画だろう。
それをダイジェストのように切り貼りをした感じ。
関係ない映像を見せられるとは思えないので、これから俺たちが進む先にはあの悪魔のような人間がいるんだろうな。
「……リタイアする?」
一応訊いてみたけど、陽菜乃はもう限界寸前の表情でぶんぶんと顔を横に振った。
そういうことなら先へ進もうと歩き出す。陽菜乃は俺の右腕にしがみついていた。腕を組むとか、そういうのじゃなくてがっしりとホールドされている。
腰が引けているのでとにかく歩くのが遅い。
そもそもを言えば、俺も決してこの類のものが得意なわけじゃないので不安はあるのだ。
ぐにゃりと歪んだ道を進むと洋館の廊下のような景色が見えてきた。この確実に何か起こる感じが本当に好きじゃない。
陽菜乃のペースに合わせながらゆっくりと歩いていくと、後ろでガタンと音がした。
「隆之くん、ちょっと後ろ振り返って」
「あ、ああ」
自分で振り返るのは怖いと。
声が聞いたことないくらい真面目なトーンだったので、俺は大人しく従った。いや普通に怖いんだけどな。
振り返って見てみたけど、そこには何もなく誰もいない。
「どう?」
「なにもないよ?」
「ほんとに?」
「ああ」
「嘘ついてない?」
「ついてないよ」
「……ほんと?」
「めちゃくちゃ疑うじゃん」
陽菜乃も恐る恐る後ろを振り返るが、なにもないことを確認するとほうと安堵の息を漏らした。
改めて進んでいくと、もう一度ガタンと後ろから音がする。例によって確認しろと命令されたので後ろを見たけどやはりなにもない。
「大丈夫」
「……」
陽菜乃も振り返って確認する。
その表情には恐怖が満ち満ちていた。
あんな分かりやすい前フリがあってなにもないはずがなく、絶対にこのあと何かしらが起こるはずだ。
それは陽菜乃も分かっているようで、俺の腕を掴む彼女の手は震えている。
とはいえここにいても仕方ないと俺と陽菜乃は進んでいこうと前を向き直った。
「ぴゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?!?!?!?」
「うおあ!?」
若干、俺よりも陽菜乃の方が前を向くのが早かったようで俺は陽菜乃の悲鳴に驚かされた。
何事だと前を向く。
「うわッ」
映像の中にいた悪魔の人間がそこに立っていた。俺たちを存分に驚かしたそいつは闇の中へと消えていく。
「だ、大丈夫?」
「……」
陽菜乃はぺたんと地面に座り込み、呆然と前の方を見つめていた。俺が声をかけたことでこちらを向くけど、表情は死んでいた。
彼女のこんな顔見たくないな。
「ごめん、腰が抜けちゃって」
「でしょうね」
*
そんなことが続いたけれど、しかし陽菜乃は頑なにリタイアをせず、何度も何度も腰を抜かしながらも俺たちはゴールを目前にしていた。
出口を出る頃には、俺の腕にしがみつく陽菜乃は老人にも負けないくらいに体中をぷるぷるさせていた。
それでも。
最後まで手を放すことはなかった彼女の執念には拍手する他ない。そうまでして特別なプレゼントというものが欲しかったのだろうか。
出口で待っていたスタッフに迎えられ、チェーンを外してもらった俺たちは隣にある仮設エリアに案内される。
どうやら手を放したかの確認はないらしい。チェーンで繋がれ、出口にまで来た時点でクリアだったっぽいな。
「では、記念撮影を行いますね」
「記念撮影?」
若めのお姉さんがカメラの前に立つ。
その向かいに立つように指示された。
後ろにはハートの置物があり、そこに入るように立たされた。
「この記念撮影がしたかったの?」
「うん」
ようやく調子を取り戻し始めたようで、返事をした陽菜乃の声が少し元気になっていた。
記念撮影くらいどこでもできそうなものだけど、と思っていると。
「それじゃあポーズをこの中から選んでください」
なにやら不穏な提案をされた。
お姉さんは手にパネルを持っていて、そこには四つの絵が描かれていた。
「一つ目は二人でハートを作るポーズ」
よく見るやつだ。
二人が片手を使って一つのハートを作るというもの。普通に恥ずかしい。なしだな。
「二つ目はハグ」
抱き合っている。
その上でカメラ目線だ。
うん、無理だな。
「三つ目はあすなろ抱き」
なんだそれ、と思った。
イラストを見ると要は一人がもう一人に後ろから抱きつく感じ。
普通に考えて無理ですね。
「四つ目は、ほっぺにチュー」
「できるかッ!」
「心配しないで、彼氏さんはされる側だよ」
「そういう問題じゃないですが!?」
「どうしてもって言うなら、ラブラブなお二人に免じて、リップキスも認めますが?」
「なおできるかッ!」
「できないの!?」
俺の隣で陽菜乃がガーンと分かりやすくショックを受ける。
「いや、こんなところでできるかって意味であってだな」
「じゃあ、できる?」
「……も、もちろん」
「そっか」
うへへ、と笑みをこぼす陽菜乃。
そんな俺たちをにやにやしながら見ていたお姉さんが「それで、どうします?」と尋ねてくる。
「そのどれかじゃないとダメなんですか?」
「決まりなので」
陽菜乃の方を見ると、「隆之くんが選んでいいよ? わたしはなんでもだいじょうぶだから」と強調して言ってきた。
「じゃあ……」
まさか。
俺が二人でハートを作るという恥ずかしいポーズをすることになるとは思わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます