第318話 聖なる日の誓い⑨


 陽菜乃がお化けの類が得意ではないというのは修学旅行の一件でしっかりと理解した。


 だから。


「次はお化け屋敷行こっか」


 と、陽菜乃が提案してきたときには素直に驚いた。

 それと同時に言葉の裏に何を隠しているのかが気になった。

 彼女自身がしっかり苦手だと口にしていた。だとするならば、わざわざ入る理由はないはずだ。


「苦手じゃなかったっけ?」


「まあ、得意ではないね」


「なのに行くの?」


「せっかくだしね」


 嘘をついている顔はしていない。

 しかし何の意図もなくそんな提案をしてくるとはやっぱり思えなかった。けど、どう考えても俺に被害があるとは思えない。


 せいぜい、最悪のパターンで気絶に至った陽菜乃を運ばなければならないくらいか。


 けど子供も入れるお化け屋敷だろうし、そんなに警戒するほどでもないかな。


「あれ、お化け屋敷ってあっちなのでは?」


 園内マップを見ると、お化け屋敷は奥の方にある。どちらかというとポップな感じで怖さは感じないアトラクションだ。


「それはお子様向けのでしょ? わたしはお子様じゃないからね」


 ふふん、とどこか得意げな顔をする陽菜乃。子供と同じくらいに怖いの苦手だから心配してるんだけどな。


「そうじゃなくて、イベントホールってところでやってるやつだよ」


「もう絶対ダメなやつじゃん」


 イベントホールでやっているということは、期間限定のイベントってことだろう。

 で、その内容がお化け屋敷ときたら確実にしっかり怖いやつだ。陽菜乃が耐えれるとは思えない。


「さ、行こ?」


 なにか企んでいるのは確かだ。

 けど、それを口にしてこないということは今ここで俺には知られたくないという捉え方ができる。


 陽菜乃の性格上、理由もなくわざわざ秘密にするようなことはしないはずだから。


「陽菜乃がいいなら、俺はいいんだけどな」


 俺も怖いの得意ってわけじゃないからな。できることなら避けたいところだけど、ホラー苦手な彼女に誘われて断るような彼氏ではありたくない。


 腹をくくろう。


 歩くこと数分。俺たちはイベントホールの前へとやってきた。

 イベントホールは二つあって、もう一つの方は何かの展示会が開催されていた。


 そちらも中々に盛況な様子だったけど、お化け屋敷の方は大盛況と言っていいほどに人がいた。


 並んでまでお化け屋敷に入りたいとは何事か、と疑いを払拭できないまま列の最後尾についた。


 特に何を思ってでもないんだけど、ふと周りを見てみると違和感を覚えた。

 別におかしいことなんてないはずなのに、なにかが変なように感じるのだ。


「どうしたの? 可愛い女の子を探してるならお説教だよ?」


 きょろきょろしている俺を不思議に思ったのか、冗談混じりに陽菜乃が言った。

 声色が穏やかだから冗談だと思う。そうであってほしい。


「可愛い女の子なら目の前にいるから探す必要はないかな」


 俺にしては勇気を出した発言だと思う。

 いつも陽菜乃にしてやられてばかりなので、たまにはカウンターを浴びせてやろうという思いで口にした。


 のだが。


「えへへ、そうかなぁ」


 効かないんだよなぁ。


 いつだったか秋名が言っていた、『からかっても惚気で返される』というのはこんな感じなのだろうか。


 とろけるような笑顔を浮かべる陽菜乃は、しかしふと我に返って「じゃあなにを見てたの?」と首を傾げた。


「なんか、おかしいなって」


「そんなミステリ小説みたいなセリフ初めてきいたよ」


 俺も初めて言った。

 などと思いながら、もう一度だけぐるりと周りを見て気づく。


「あ」


 俺が短い声を漏らすと、陽菜乃の肩がびくりと揺れる。驚かれるような声量ではなかったので、何か隠しているな。


「ど、どうしたの?」


 動揺を隠そうとしてか、平然を装うように陽菜乃が言う。俺は周囲に向けていた視線を彼女に戻した。


「なんかカップルが多い気がする」


 これは本当に気のせいかもしれないし、そもそも存外こんなもんなのかもしれないけど、ちらほらと同性同士の友達がいるがほとんどが男女カップルだ。


「そ、そうかなあー?」


「セリフが棒読みなんだけど」


「そんなこと、ないと思うけどなあー?」


 しかしまあ、お化け屋敷なんてカップルが怖いという大義名分を得て存分にいちゃつく場所でもあるわけだし、カップルが多いのは別におかしなことではないか。


 陽菜乃の動揺がなければ、そんな感じで納得して終わったんだけど。もやもやを残したまま、待ち時間を過ごす。


 そんな俺のもやもやは思ったよりも早く解消された。並んでいる道中に答えが書かれたポップがあった。


「これが目的?」


「うん」


 つまり、『クリスマスシーズンの期間限定イベントで、男女ペアは手を繋いだままでゴールすれば、特別なプレゼントがあるよ』ということらしい。


「別に隠すことじゃないでしょ」


「さ、サプライズだよ」


「本音は?」


「隆之くん、こういうのあんまり好きじゃないような気がしたから」


 別に嫌いとかではない。ただやっぱりちょっと恥ずかしいだけだ。

 陽菜乃はわりとどこででも手を繋ごうとしてくるし、そうなるとさすがに抵抗はしないんだけど、恥ずかしいんだよなあ。


「言われたら別に断わりはしないよ」


「でも乗り気じゃないでしょ?」


「それはサプライズでも同じでしょ」


「まあね」


 これくらい可愛いものだから、言ってくれれば全然受け入れる所存ではある。

 できる限りのことは叶えてあげたいと思っているから。


 さすがの人気っぷりで俺たちの順番が回ってきたのは四十五分くらい待ってからだった。


 入場前にカップル専用の腕輪みたいなのを貰う。これを装着して、スタートからゴールまで手を離さなければオッケーらしい。


 手を離さなければオッケーとは言うんだけど。


「……」


「どうしたの?」


「陽菜乃はこれ、ノーコメント?」


「うん。隆之くんはイエスコメント?」


「ノーコメントの対義語そうじゃないと思うけど」


 じゃあなんなんだって話だが。


 俺は右手を持ち上げる。

 じゃらりとチェーンが鳴る。


 俺の右腕と陽菜乃の左腕に装着されたのは、腕輪というかもはや手錠。


 二つの腕輪がチェーンで繋がれていた。


「物理的に離れられなくない?」


「嬉しいね」


「……そだね」


 なにを言っても無駄らしい。

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