第317話 聖なる日の誓い⑧
お昼を食べ終えた俺たちが次に向かった場所は『シューティングヒーロー〜魔界の森の大冒険〜』というアトラクションだった。
レーザーガンが装着されたトロッコに乗って進み、ポインターを撃って点数を稼いでいくもの。
そのルールのシンプルさから子供から大人まで楽しめるものになっているそうだ。
まあ、こういうのは何歳になっても楽しいもんだよな。
「勝負しよっか、隆之くん」
並んでいるとき、そう切り出したのは陽菜乃だった。
点数が表示されるゲームである以上、そういう提案があるのは何らおかしいことではない。
むしろ、自然な流れですらある。
しかし。
「勝負?」
「そう。勝った方は負けた方になんでも一つ命令できるの」
「命令?」
「うん、そう。命令」
陽菜乃がこういう提案をしてくるのはなんだか珍しいような気がする。そもそもを言えば、そういう機会がなかっただけなんだけど。
「このアトラクションの経験は?」
「子どもの頃にやったことあるかなー程度で、隆之くんとほとんど変わらないと思うよ」
「なるほどね」
自信ありげに見えたから、まさかと思ったけど腕に自信があるわけではないようだ。
しかし、なんでも……か。
そうは言っても、言葉通りになんでもというわけにはいかないだろう。
「なんでもいいのか?」
「なんでもいいよ?」
答えに躊躇いも動揺もない。
彼女の瞳に宿っているのは、ただただメラメラと燃える覚悟だけだった。
「いいだろう。その言葉、後悔するなよ?」
「もちろん。わたしはなんでも受け止めるよ? まあ、負ければの話だけどね?」
もちろん少年誌には載せれないあれやこれやを命令するつもりはないけれど、しかしなんでもと言われれば夢は膨らむ一方だ。
こういったゲームはあまり経験がないけれど、頑張るとしよう。
そうこうしているうちに俺たちの順番は回ってきた。フリーパスをスタッフに見せ、案内されてトロッコへ乗車する。
トロッコは四人乗りで、扉を入れば左右にイスと二つずつレーザーガンがあった。
いつもならば俺の隣に座ってきそうなものだけど、陽菜乃はなにも言わずに俺とは逆の左側に腰を下ろした。
どうやら、それほどまでに彼女は本気のようだ。
スタッフから特に説明はなく、いってらっしゃ~いと手を振られただけだった。
魔界の森にはびこるモンスターを英雄が倒しに行く、という設定らしいけど、だとしたらその見送り方は正しいのだろうか。
などと考えていると周りが一気に暗くなった。
トロッコは前へ進む。
接近と同時に扉が開き、俺たちは魔界の森へと足を踏み入れる。
「うお」
「わわっ」
馬鹿にしていたつもりはないけれど、とはいえ子供向けアトラクションだから甘く見ていた。
しかし、中のモンスターのクオリティは想像以上に不気味だった。
薄暗い空間の中で、いろんなモンスターがポインターを掲げながら揺れている。
そのおどろおどろしさに手が止まっていた俺は、陽菜乃のカチャカチャというレーザーガンを撃つ音により我に返る。
しまった。
出遅れた。
俺は慌ててレーザーガンを構えて、ポインターを撃ち抜く。
どういう理屈でヒットになっているのかは分からないけれど、当たるとポインターがチカチカと光る。そして点数が加算される。
ポインターが点滅している間は撃っても意味がないらしい。
一つのステージにはモンスターが十体近くいて、いろんなところにポインターがあった。
トロッコはゆっくりと進んでいき、一つのステージを終える。真っ暗闇の中を少し進んで次のステージへと向かう。
俺はちらと横目で陽菜乃の点数を確認した。
『17506』と表示されていた。
続いて、自分の点数を見てみる。
『14005』だった。この点差が致命的なのかどうかは分からないけど、とにかく撃ちまくるしかない。
次のステージもさっきと似たような構造だったけれど、モンスターの動きが先ほどに比べると少し速い。
そういう形で難易度を変えているようだ。
陽菜乃はその速さにどうやら追いつけていないらしい。俺は今のうちだと言わんばかりにポインターに狙いを定める。
二つ目のステージを終えた頃には点数の差は随分と縮んでいた。この調子ならば追いつくことも難しくない。
三つ目のステージは大きなモンスターが一体だけ。ポインターは見え隠れするような動きをしている。
さっきまでとちがって大量得点は難しいかもしれない。一発一発を大事にしていこう。
そして。
全てのステージを終え、トロッコはスタートの場所まで戻ろうとしていた。その道中にモニターがあり、それぞれの点数が表示されていた。
『354412』
『358225』
ごくり、と喉が鳴った。
僅差ではあるけれど、この勝負は俺の勝ちだ。
「よっし!」
「うわぁ、負けちゃったぁ」
言葉の割にはそこまで悔しさは伝わってこない陽菜乃の言葉を耳にしながら、俺たちはスタート地点に戻ってきた。
トロッコから降りて、出口へと向かう。
「勝負は勝負。俺の勝ちでいいんだよな?」
「もちろんだよ。約束通り、わたしはなんでも言うことをきくよ?」
とはいえ。
いざなんでも言うことをきいてくれると言われても、そんなパッと願い事は出てこない。
せっかくだから普段はできないようなことを、とは思うんだけど。
「なににする?」
陽菜乃は口元に笑みを浮かべながらそう言ってくる。どこか妖艶な雰囲気を醸し出す彼女に、俺の中の欲望が刺激された。
が。
「あとで使うことにするよ」
俺がそう言うと、陽菜乃は拍子抜けのような顔をする。
「どういうこと?」
「なんでもって言われてもすぐには出てこないから。今日のうちに使うことにする」
そうは言ったけど。
ぼんやりとその使い道は頭の中には浮かんでいた。
別に使わずとも問題はないだろうけど、せっかくだしそこで使うことにしよう。
「まあ、そういうことならそれでいいけど。もう一周しよっか?」
「陽菜乃って意外と負けず嫌い?」
楽しかったし、なんならもう一回くらいしたいと思っていたので、俺は陽菜乃の再戦を受けて立つことにしたのだった。
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