第312話 聖なる日の誓い③


 待ち合わせ時間は十時半。

 待ち合わせ場所はさくまパークの最寄り駅前だ。


 さくまパークはこの辺の遊園地の中では大きめな施設で、子供から大人まで楽しめるものとなっている。

 客層は家族連れや友達、もちろん恋人同士と様々である。


 開園時間は十時。

 さっきから駅の前の柱に背中を預けて改札から出てくる人を眺めているけど、見えるのは中学生や高校生くらいが多い。


 家族連れは車を使うからだろう。


 男同士や女同士の客も中にはいたけど、クリスマスというイベント上かカップルが多いように感じる。


 駅から出てくる人が全員遊園地に向かっているとは限らないだろう、と思うかもしれないけど周りを見た限りそこ以外に向かう場所がない。


 それに、みんなさくまパークの方へぞろぞろと歩いて向かっているので間違いないだろう。


 徒歩十分とかからない場所にあり、建物に遮られてはいるけどここからでも僅かにアトラクションが見える。


 俺は腕時計で時間を確認する。

 時刻は十時十三分。待ち合わせの時間にはまだ少しあるので気長に待つことにした。


 ちなみに俺はあんまり腕時計というものを着けるタイプではない。だからそもそも持っていなかったんだけど、今年の親からのクリスマスプレゼントが腕時計だったのだ。


 防水機能のデジタル表示の腕時計だ。スーツなどに似合うようにスマートにデザインされたものではなく、どちらかというとアウトドアに合うようなゴツめのイメージ。


 梨子プロデュースの今日のコーディネート的に合うかどうかは分からないけど、せっかくだから着けてきた。


 俺は出来ることなら荷物を持ちたくないタイプなので今日も財布とスマホをポケットにつっこんできた。


 朝にニュースでも確認したけど、一応スマホでも天気予報を見ておく。気温もそこまで低くはならないらしく、雨の気配はほぼゼロ。夜になると少し冷えるとあるけど、問題ない程度だ。


 大丈夫。

 きっと楽しい一日になる。

 というか、楽しい一日にしてみせる。


 などと考えていると。

 

「わっ」


 と、声をかけられる。


「うお」


 驚き、顔を上げるとしてやったという笑みを浮かべた陽菜乃がいた。


「驚いた?」


「まあ、それなりに」


 目の前にいた陽菜乃はとてとてと数歩下がる。両腕を後ろに回しながらこちらを見る。


 彼女が下がったことで視界の中に全体が入ってくる。


 キャメル色のコートは前が閉められていて、首元には僅かに赤いニットのようなものが見えた。


「いつも可愛いとは思っていたけど、今日は特に可愛いな」


 陽菜乃と付き合ってから、思ったことは極力口にするようにしている。そうすれば彼女は喜ぶし、彼女が喜べば俺も嬉しいからだ。

 

 相変わらずおしゃれだなと思いつつ、俺が気になったのは彼女の髪だった。


「髪が」


「あ、うん。巻いたの」


 いつものようにロングヘアがストレートに下ろされているが、毛先辺りがふわっと巻かれていた。


 普段はあまり見ないヘアアレンジにどきっとさせられる。


「どうかな?」


「可愛いと思う」


「えへへ、ありがと」


 頬が赤くなっているのは寒いからかな。それとも照れているのかな。どっちもなんだろうか。


 陽菜乃の幸せそうな笑顔を見ると俺も幸せな気分になる。


「隆之くんも髪、どうしたの?」


 陽菜乃はこてんと首を傾げる。

 それはもう驚きというか唖然というか、きょとんとした顔をしていた。


 無理もないけどな。


 日常ではもちろん、デートのときでさえ俺は髪をセットしたことがない。せいぜい寝癖を直す程度だ。


 しかし、今日はワックスでワシャワシャとセットされているが、もちろんこれは俺がしたわけではない。


「……梨子がな」


 家を出る前、梨子に呼び止められた。一度部屋を出ていった梨子は見慣れない小さなケースを持って戻ってきたのだが。


『そこに座って!』


 とだけ言い、従って座ると髪をくしゃくしゃといじられて気づけばこうなっていた。


『うん。お兄のわりに悪くない。これはクリスマスプレゼントのおまけってことで』


 ということらしい。


 そんなわけで、俺は人生で初めて髪をセットした。変に頭を触ったりすればセットが崩れる。そうなると修復は不可能なので気をつけなければならない。


「そうなんだ、梨子ちゃんが」


 ほー、へー、と珍しいものを見るように俺の周りをくるくる回って四方から髪を眺める陽菜乃。


「かっこいいね。よく似合ってるよ」


「そうかな?」


「うん。梨子ちゃんに感謝だ?」


「どうして?」


 陽菜乃が梨子に感謝する理由が思いつかなくて、俺はそのままの疑問をこぼしてしまう。


「かっこいい隆之くんが見れたからだよ」


 にこにこ満足げに笑う陽菜乃が見れたのが、髪をセットしたからだとするならば、俺も少しは梨子に感謝しようと思いました。



 *



 二人揃えば駅前にいる理由はなくなったので、俺たちは道標のようにぞろぞろと遊園地に向かっている人の流れに混じって歩き出す。


「そういえば」


 と、言葉を発したのは陽菜乃だ。

 どうしたのかと彼女の方を見ると、陽菜乃は俺の顔を見上げていた。身長差があるので隣に並んで顔を見られると必然的に上目遣いになり、これが非常に卑怯である。

 

 とにかく可愛い。


 しかし、今日はいつもより少し顔が近いような気がした。きっと靴が身長を高くしてるんだろうな。


「どうかした?」


 尋ねると、陽菜乃はにこりと笑いながら着ているコートの前を少し開けて中に着ていた赤のタートルネックをとんとんと指差す。


「おそろいだね」


「ああ、確かに」


 ちらと首元に赤色が見えたところでもしかしてとは思ったけれど、本当に色が被っているとは。


「隆之くんにしては珍しいね、色付きの服って。いつも白とか黒とか、無難な色しか着ないのに。あ、もちろん悪い意味はないよ?」


「まあ、事実だし」


 しかし、と俺は一度口を噤む。

 このニットは今朝、梨子に貰ったものだ。妹から貰ったものだと公言するのは如何なものか。


 けど、確かに珍しいんだよな。

 俺は好んで派手な色の服を着ないから。クリスマスだからという理由だけだと少し弱い。

 疑問を抱く陽菜乃を納得させるだけの理由を用意することが難しい以上、気になるというのなら言うしかないか。


「梨子がクリスマスプレゼントにくれたんだよ」


 さっきから俺の発言に梨子が登場し過ぎている気がする。

 彼女の前で他の女の話をするべきではない、なんてことを耳にしたことがあるけれど、妹は別枠と考えていいよな?


「梨子ちゃんはお兄ちゃんのこと大好きだよね?」


「どうだろうな。いつもバカにしてくるけど」


「それも好きの裏返しだよ」


 そうなのかね。

 いや、まあ、もちろん嫌われてはいないと思うけど。どこの兄妹もあんなもんだろうし、大好きかと言われるとどうなのだろうか。


「まさか、隆之くんとおそろコーデができるなんて」


 おそろコーデと言うほどではないと思うけど。


「そう言われると急に恥ずかしいな」


 周りにはカップルが何組もいて、よくよく見てみると中にはペアルックの人たちもいる。


 上から下まで揃えているカップルもいるから、それに比べれば些細なお揃いなんだけど、それでも周りから『あいつらお揃いじゃん』みたいに思われてると考えるとめちゃくちゃ恥ずかしい。


 でもなあ。


「いいじゃん。クリスマスなんだし。ね?」


 陽菜乃が嬉しそうだからなあ。


 良しとするかぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る