第313話 聖なる日の誓い④


 遊園地にやってきて、一番ワクワクする瞬間はどこかという質問の答えは、当然ながら人の数だけ存在するだろう。


 歩いて向かい、見えてきたときに始まりを予感してワクワクする人がいるかもしれない。


 アトラクションに並んでいるときがそうだと言う人もいるだろうし、アトラクションに乗る瞬間がそうだと言う人もいると思う。


「久しぶりに来たなあ。小学生のときぶりかも」


 受付に並んでいるときに陽菜乃がそんなことを呟く。

 地元民、というほどここから近くはないけれど、この辺の人ならほとんどの人は一度は訪れたことがあるだろう。


 俺だって子供の頃に一度は来ている。昔のこと過ぎて記憶はほとんどないけど。


「俺もそんなもんだな。友達と来たりしなかったの?」


「うん。なんか、タイミングがなかった感じ」


 ほーん、と返事をするとちょうどそのタイミングで順番が回ってきた。

 入園料に加えてフリーパスを購入する。フリーパスも入園料に含める施設もあるけど、ちょっとだけ乗りたい人からしたらアトラクションは別料金の方が有り難いのかな。


 ちなみに。


 遊園地にやってきて一番ワクワクする瞬間の話だけれど、俺はゲートをくぐって入園した瞬間だ。


「わあ!」


 受付でチケットを買って奥に進むと、スタッフがいてチケットをもぎってくれる。

 そして、入園ゲートを通過することで中に入ることができる。


 トンネルのように暗い空間があって、そこを抜けると遊園地の景色が一気に広がる。


 まるでそこが異世界へと繋がるゲートのように感じた。夢の国ではないけれど、非現実の世界に訪れたようだ。


 入ってすぐのところには火山がそびえ立っていた。何かのアトラクションなんだろうけど、ほとんど記憶にない。噴火とかするのかな。


「行こっか」


「ああ」


 火山を横目に進んでいくと様々なアトラクションが見えてくる。あちらこちらから人の悲鳴のようなものも聞こえた。


 入ってすぐのところにあった園内マップを一つ取っておいたのでそれを広げる。


「どこから行く?」


「んーっとね」


 と、言いながら陽菜乃は俺の隣にぴたりとくっつき、一緒に園内マップを眺める。

 少しずつこの距離感にも慣れてきたけど、やっぱり緊張する。今日の陽菜乃は特別いいにおいを撒き散らしているからな。香水とかだろうか。


「隆之くん、絶叫系だめなんだっけ?」


「無理ってほどじゃないよ。ただ続くとしんどいかも。陽菜乃は?」


「わたしはだいじょうぶだよ。好きか嫌いかで言うなら好きな方」


 なるほどね。

 どうやら今日は覚悟を決める必要があるらしい。遊園地に来るという時点である程度は予想していたけどな。


 ジェットコースターは見たところ三つ。

 一つは子供でも乗れるようなサイズ感のもの。これは大丈夫だろう。連続で乗っても問題ないレベル。


 もう一つはそこそこ大きいので高さはある。けど速さがそこまでではない。多分、問題ないな。


 三つ目は大きく、速さもしっかりある。けれど、連続でなければ耐えられるくらいと考える。問題ない。


 ジェットコースターは大丈夫だ。


 しかし、問題は……。


「どうしたの?」


「いや、なんでも。それで、どうしようか?」


「とりあえずジェットコースター乗りに行っちゃおうか?」


「オッケー」


 目的地を決め、俺たちは歩き出す。

 子どもがキャッキャと楽しそうに騒ぎながら走り回っている。

 子どもが多いな、と思って周りを見てみると子供向けのアトラクションがそこにあった。


 だから多いのか、と自分で納得しつつ、俺は目の前に見える高い棒状のアトラクションに視線を移す。


 いわゆる、ジャイアントドロップというアトラクション。

 地上から離れた乗り物が勢いよく落下するもの。あれがどうなのか、経験がないので全く見当がつかない。


 果たして俺はあれに乗れるのだろうか。


 でも、あれ乗ろうと言われて『ごめん、ちょっと怖くて』とは言えないよな。というか、言いたくない。


「ここはあれなんだね、頭につけるやつないのかな?」


「ああ。耳?」


「そーそー」


 ドリーミーランドなんかでよく見る例のあれ。テーマパークなんかでは着けている人をよく見るけれど、確かに周りにそういうのをつけている人はいない。


「陽菜乃はああいうの着けるタイプ?」


「うん。可愛くない?」


「可愛い、のかな」


 例えば、ドリーミーランドでは有名なマスコットキャラであるバーニーのうさ耳が売られているらしい。


 陽菜乃が、うさ耳か……。


 まあ、可愛いわな。


「ドリーミーランドに行ったらお揃いのつけようね?」


「俺のうさ耳は誰得でしょ」


「わたし得だよ?」


「……リアクションに困る」


 そんなこと言われたらやるしかないじゃないか。

 そもそもドリーミーランドに行く予定すら立っていないけれど。


「照れてる?」


「そりゃ照れるでしょ」


 陽菜乃が顔を覗き込んできたので直視されないように顔を逸らす。しかし、そうすると追いかけてきて見てくる。


 毎度やられっぱなしだから、たまには反撃とかしてやりたいんだけどな。陽菜乃強いんだよなあ。


「ほら、早く行かないと待ち時間伸びるぞ」


「隆之くんと一緒だから待ち時間も苦じゃないよ♪」


 早足で進む俺にてててと陽菜乃が追いついてくる。


 ジェットコースターに向かう途中でジャイアントドロップが見えた。近くで見るとさっきより迫力が増している気がする。


 この高さから落ちるってどういう感覚なんだろうか。


「ちょっと並んでるね」


 到着すると少し列ができていた。

 しかし、一回の乗車人数を考えればそこまで長時間にはならないだろう。


「話してればすぐだよ、きっと」


「隆之くんも、わたしとなら苦じゃないって思ってくれてるってことかな?」


「そう思ってないとこうして二人で並ばないでしょ」


「えへへへ」


 嬉しそうに笑顔をこぼす陽菜乃。

 それを見るとついつい俺の口角も上がってしまう。


 なんでもない話をしていると、やっぱり待ち時間はあっという間だった。

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