第311話 聖なる日の誓い②
「お兄」
「梨子か。よく来たな」
出発の時間まであと一時間と少し。
起床した(というか、起こした)梨子を部屋に呼び出したところ、顔を洗って目を覚ましたあとにやってきた。
着替えるのは億劫だったのか、パジャマのままだ。去年のクリスマスにあげたパジャマを着ているけれど、気に入ってくれたということだろうか。
「なにかよう?」
「ああ。わざわざ起こしに行ったのはほかでもない」
「それっぽい言い回しするのやめて。単刀直入に要件を説明してくれないと部屋に戻るくらいには、あたしいま不機嫌だよ?」
安眠を妨害しちゃいましたからね。
覚悟の上ですよ。
それでも梨子の力を借りたかったのだ。
「今日着ていく服を選ぶの、手伝ってくれ」
「はあ?」
なに言ってんだこいつ、みたいな顔しないで。ていうかもう言ってますね。顔がすべてを物語っちゃってますわ。
「そんなの当日の朝に考えるものじゃないよ。前日には決めとかないと。ていうか、ちょっと前から考えとくもんだよ」
「うす」
「お兄はほんとにお兄なんだから」
呆れるように溜息をつきながら、やれやれと首を振る。毎度ながら迷惑をおかけしています、と心の中で謝罪する。
てっきり部屋に戻られると思ったけど、梨子は数歩前に出てきて、腰に手を置く。
「さっさとタンスの中の服を全部出して! 今から買いに行く時間がない以上、あるもので最善を尽くすしかないんだから!」
「うす!」
俺はタンスを開けて中の服をかたっぱしから放り投げ出す。梨子は一つひとつ確認していく。
とりあえず下に着る服は出したけど、梨子は一つを選ぶことをしなかった。
「選ばないの?」
「これだけで判断できないでしょ。コーディネートっていうのはね、トータルでの勝負なの。単体がどれだけおしゃれでも組み合わせ方を間違えると笑えるくらいダサくなるし、単体自体は普通レベルでも組み合わせ次第ではおしゃれに化けるものなの」
「なるほど」
俺はすべての服を出す。
うーんうーんと唸りながら、梨子は一つひとつ手にする。何もしないのは悪いと思って「これとかどうだ?」なんて提案をしてみるけどスルーされる。
大人しく待っておくことにした。
「これと、これ。あとこれ羽織ってみて」
言われるがままに渡された服を着る。まるで審査員かのように頭から足までをじいっと眺めて、また別の服を渡してくる。
それからしばらく、梨子によるファッションチェックは続き、俺の本日の服装が決定したのは開始から三十分が経過した頃だった。
渡されたのは黒のスキニーパンツとダウンジャケットで、肝心のというわけではないけど中に着るインナーの服がなかった。
「俺に変態になれと?」
「そうじゃないよ」
ツンとした態度で言い残し、どうしてか梨子は部屋から出ていってしまう。一分もしないうちに戻ってきた梨子の手には少し大きめの袋があった。
「はい」
「なにこれ」
渡されて、物珍しげに見ながら尋ねる。
「クリスマスプレゼント」
「昨日の雪見だいふくは?」
結局あれは半分食べられたので、クリスマスプレゼントだとカウントするのは如何なものかと思っていたけど。
「あれはおまけ」
どうやら元々用意していたらしい。
だったらどうして昨日のうちに渡してくれなかったのか、と疑問に思ったけれど訊いてもいいものか悩む。
変なこと指摘して機嫌を損ねられても困るからな。
「どうせお兄のことだから、当日の服装とか気にしてないと思って」
袋から取り出したものを広げる。
ワインレッドのような赤色をしたニットセーターだった。
「昨日、渡しそびれちゃってた」
「俺が起こさなかったらどうしてたんだ」
「お兄ならあたしを頼ると思ってたよ」
梨子の想定通りに頼ってしまったのが少しだけ悔しいけど、その結果こんなものを貰えたので良しとする。
昨日はテンション高かったから、頭の中から抜け落ちてたんだろうな。しっかりしているようで意外と抜けているところがあったりするから。
「でもちょっと派手じゃないか?」
「クリスマスなんだし、これくらいの方がいいよ。ほら、着てみて」
疑う気持ちを拭い切れないまま、俺は言われるがままにニットセーターを着て、ダウンジャケットを羽織る。
全体的にスラッとしたシルエットになり、確かにちらと見える赤色は良いアクセントになっているように感じる。
「うん。やっぱり悪くない。さすがあたし」
「自画自賛か」
「感謝してよね」
ふふん、とどや顔を浮かべながらそんなことを言う梨子の頭に俺はぽんと手を置いた。
「ありがとな、助かったよ。さすがは俺の妹だ」
「……うっざ」
素直な気持ちを口にしたところ、梨子は言葉とは裏腹に、くすぐったそうに表情を崩して嬉しそうな声を漏らした。
これで準備は完了だ。
ちょっと早いけど出発するか。
そう思い、ちゃっちゃか出掛ける準備を済ませて部屋を出ようとした俺を梨子が呼び止める。
「ちょっと待って、お兄」
「ん?」
*
純白の下着を装着したわたしは険しい表情のまま鏡の前で唸る。
はてさて。
問題はここからで、なにを着ていくのがベストだろう。それをずっと悩んでいる。
昨日、何着かに絞ったんだけどそのどれもが違うような気がして振り出しに戻ったのだ。
あれもちがうこれもちがうとクローゼットの中にある服を引っ張り出して試着してを繰り返す。
結局、服装が決まったのは鏡の前に立ってから一時間が経過した頃だった。
「……だいじょうぶ、かな」
鏡の前でくるりの回る。
トップスはクリスマスカラーを意識して赤色タートルネック。
ボトムスは膝丈のミニスカート。寒くないように足はタイツで守ることにした。
それにキャメル色のコートを羽織る。
髪はストレート。
隆之くんと会うときはいろいろとヘアアレンジに挑戦するんだけど、多分ストレートが一番好きっぽいから。
こんなこと自分で言うのもなんなんだけど、結局普段のわたしが一番好きなんだろうな。えへへ。
バッグは白色。
普段はあんまりつけないけど、耳にはイヤリング。
隆之くん、あんまりしっかりめの化粧が好きじゃない感じだったから、メイクはナチュラルレベルで。
最後にピンクカラーのリップクリームを塗る。
にこりと口角を上げて、笑顔の練習も欠かさない。
うん。
だいじょうぶ。
可愛い……はず。
「ちょっと早いけどもう出ようかな」
どうせ隆之くんは早めに到着してわたしを待とうとするだろうから、待ち合わせの時間より少し早めに到着するように出たほうがいいもんね。
というわけで部屋を出てリビングに顔を出す。
「行ってきます」
さすがにおとうさんは家を出ていて姿は見えなかった。おかあさんは朝のやることが終わったのか、コーヒーを飲みながらテレビを観てた。
ななは、どうやらまだ寝てるみたい。
「もう行くの?」
「うん」
「……時間に余裕ない?」
「そんなことないけど?」
どうしたんだろう、と思っているとおかあさんがちょいちょいと手招きをしてくる。
わたしはなにがなんだか分からないまま、おかあさんの方に寄っていく。
「ちょっと待ってなさい」
「へ?」
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