第310話 聖なる日の誓い①


 十二月二十五日。

 全国一斉クリスマスデイ。


 いつもはアラームに睡眠を邪魔されることで目を覚ます俺だけれど、今日は自然と目が覚めた。


 午前七時半。


 出発は十時頃を予定していたので、まだ全然二度寝ができてしまう時間だ。

 けど、眠気はなくこのまま布団に包まっても眠れる気はしなかったので俺は起きることにした。


 これは緊張か。

 あるいは高揚か。


 陽菜乃とのデートはこれが初めてというわけではない。しかし、クリスマスということもあって、特別な気持ちではあるんだと思う。


「……さむ」


 カーテンを開き、窓を開けると冷たい空気がぶわっと室内に侵入してくる。

 ぶるっと体を震わせて、俺はすぐに窓を閉めた。


 とりあえず目を覚まそうと部屋を出て洗面台へと向かう。

 冷たい水で顔を洗うときはいつも躊躇いが出てしまう。なんで毎朝、意を決さないといけないんだよと思いながら水を顔にぶつける。


「おはよ」


 リビングに向かうと両親が朝食を食べていた。といっても、食卓に並んでいるのは昨日の残りのピザだが。


 挨拶をすると二人とも幽霊でも見たような顔をする。そんなに驚かなくてもいいだろうに。


「雪でも降るんじゃない?」


「縁起でもないこと言わないでくれ。降られると困る」


 今日は一日外の予定が続くからな。

 雪が降るということはそれだけ気温が低くなるということだ。もちろん寒さ対策を怠ることはないけれど、それでもできれば少しでも暖かくなることを祈っている。


「しかし、隆之に彼女ができるなんて。ねえ、お父さん?」


「どんな子なのか一度見ておいた方がいいだろうし、今度家に連れてこい」


「絶対に嫌だ」


「なんでよ?」


「家族に見られるとか恥ずかしいだろ」


「でも梨子は知ってるんでしょ?」


「あれは不可抗力というか、偶然が重なっただけで俺の意思とは関係ない」


 あのときはそもそもお付き合いなんてしていない、友達という関係の状態だった。


 あんな偶然あるんだな、と今思い返しても驚きである。まるで漫画のようなエンカウントだった。


「そんなことより、俺の朝ご飯ある?」


「これで良ければ」


 食卓に広がっている昨日の残りものを指しながら母さんが言う。あんまり朝ご飯は食べる派ではないけど、今日は不思議と食欲もある。


 一日頑張るためにも栄養補給は大事だ。


「いただきます」


 イスに座って手を合わせる。

 うちの食卓は父の隣に俺、父の向かいに母、母の隣に梨子というのが何となくで決まっている。


 なので、俺が座ったのはもちろん父さんの隣だ。


 少し冷めたピザを手に取りかじる。


「ねえ、写真とかないの?」


「あっても見せないってば」



 *



 昨日、おやすみなさいをして布団に入ったのは二十二時と、いつもより二時間ほど早い時間だった。


 それは眠たくて起きていられなかったというわけではなくて、今日という大切な一日に遅刻というミスを犯さないよう念には念を入れただけ。


 まあ。


 結局、遠足前の子どものように寝付けなくて、眠りについたのはいつもと変わらないくらいの時間だったんだけど。


「……ふあ」


 それでも。


 セットしたアラームに起こされたときに、すっきりした感覚を覚えるくらいには安眠だったと思う。


 漏れ出たあくびを飲み込んで、わたしはぐぐっと体を伸ばす。


 カチカチと秒針を刻む掛け時計を見ると、時刻はまだ朝の七時を回った頃だ。


 出発の時間までは少しあるけれど、いろいろと準備もあるので起きようかな。


 布団から出て着替えようとクローゼットの方へと向かう途中、勉強机の近くに掛けられたカレンダーをちらと見る。


 二十五日は大きくハートで囲んであって、そこに『デート♡』と書き込んである。


 それを書いたときのルンルン具合が見て取れる。けど、今も負けないくらいルンルンだ。


 とりあえず一階に降りて顔を洗うことにする。途中、前を通りがかったリビングは明かりがついていた。

 時間からして、おとうさんやおかあさんが起きているんだろうなと思う。


 挨拶は後回しにして、顔を洗って目を覚まして歯を磨く。そのあと、自分の部屋に戻るときにリビングに顔を出した。


「おはよー」


 リビングに入ると、おとうさんとおかあさんがイスに座っていた。

 おとうさんはスーツを着ていて、これから仕事なんだと分かる。朝ご飯を食べるおとうさんに、おかあさんが付き合っているのかな。


「あら、早いわね。隆之くんとのデートが楽しみで目が覚めちゃった?」


 にやにやと面白そうにおかあさんが訊いてくる。ここで慌てふためいて答えたらあっちの思うつぼだ。


 かといって、そんなことないよと言ったところでおかあさんの好奇心は収まらない。


 だから。


「そうだよ」


 と、真正面から受け止めることにした。


 すると、おかあさんは「あらまあ」とこれまた楽しそうに笑うんだけど。


「陽菜乃がクリスマスに男とデートするなんて。それも楽しみすぎて目を覚ますなんて。ううう」


 今度はおとうさんが面倒くさいモードに突入しちゃった。


「わたし、着替えてくるから」


 だから、わたしは逃げるようにリビングを出て自室に戻った。リビングにいないところを見るに、どうやらななはまだ寝ているみたい。

 早い日は本当に早起きだから、今日はゆっくりおねんねの日なのかな。

 昨日、いとこが遊びに来ていてはしゃいでいたから疲れていたのかも。


 クローゼットを開けて、姿見の前に立つ。


 髪はあとでセットするからいいとして、まず考えるべきは服だよね。


「どうしよっかな」


 昨日、ある程度は考えたんだけど結局決めるには至らなかったんだよね。明日の自分の気分に任せようと、投げやりになってベッドに潜った自分を恨みたい。


 今日はクリスマスという特別な日なので、とにかく最高の自分で臨みたい。


 隆之くんと会うときは、いつだって一番可愛い自分でいたいと思っている。


 でも今日は、その中でもとびきり可愛い自分でありたい。


 ボタンを外して上のパジャマを脱ぐ。下も脱いでしまえば、パンツだけという恥ずかしい姿になる。


 くるりと回って、わたしはふむと唸った。


 一応、スタイルには気を遣っている。

 隆之くんに太っているなんて思われたくないから、運動はあまり得意じゃないけれど体型を維持する程度には体を動かしている。


 おかげさまで、それなりに良いスタイルを維持できているはずだ。


 胸はわりと大きめだし。

 ウエストはちゃんと引き締まっているし。

 おしりのラインとかも悪くないはず。


 うん。

 だいじょうぶ。


 ちゃんと女の子らしい体だ。


 服を着る前に、わたしは下着の入った引き出しを確認する。そこにはいろんな種類の下着セットが並んでいる。


 これじゃないこれでもない、とわたしは一つひとつを吟味するように見ていって、どれにするかを選ぶ。


 他のカップルがどうかは分からないけれど、付き合って一ヶ月のわたしと隆之くんは割とプラトニックなお付き合いをしていると思う。


 別に今はそれでいいと思っているので、わたしとしては不満はない。もちろんいつかは、とは思うけれど。


 だから、いくらクリスマスといっても下着を晒すシチュエーションに遭遇するとは思えないんだけど、もしも隆之くんがオオカミさんになったらと想定しないのも女としてどうかと思う。


 だから、一応。


 わたしは自分の持つ下着の中で、一番可愛いと思うものを手にした。


 可愛くて、ちょっとセクシーなものを。


「……うん。これにしよう」


 敢えて白。

 けど、フリルとリボンがついてて可愛いもの。買ったはいいものの、あんまり着る機会に恵まれなかった子だ。


 可愛い下着をつけると気分が上がると、どこかで聞いたことがある。


 だから女の子は、ここぞというときには勝負下着を身につける……らしいので、わたしもそれに習うことにした。

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