第308話 思い出のプレゼント②


 豪華な料理を食べたあとはクリスマスケーキが出てくる。

 まるで雪が積もったように真っ白なクリームに包まれたショートケーキ。サンタクロースとトナカイのお人形があって、並んだいちごは子供が待つ家のよう。


 楽しい時間はあっという間で、クリスマスイヴの夜は終わりに向かっていく。


 キッチンでカチャカチャとお皿を洗うお母さん。お父さんはお風呂に入っちゃった。お兄は部屋に戻っていって、リビングにはあたし一人。


 別に興味はないけれど、部屋に戻ると楽しかった時間が本当に終わっちゃうような気がして、あたしは適当に流しているテレビ番組を眺める。


 いつもならもうちょっと勉強を頑張ろうと机に向かう時間だけれど、今日くらいはお休みしようと勝手に決める。


 たまには息抜きだって必要だ。


 ソファに膝を抱えて座りながらぼーっとテレビを眺めていると、ガチャリとドアが開いてお兄が戻ってきた。


 どうしたんだろうと振り返ると、よく分からないけどあたしの隣に座ってきた。


「どうしたの?」


「これ」


 あたしが尋ねると、視線はテレビに向けたまま小さめの紙袋を渡してきた。


 テレビでは芸人さんがクリスマスにちなんだゲームに挑戦している。負けた人は罰ゲーム。せっかくのクリスマスなんだから、みんな幸せになればいいのになと思う。


 芸人さんにとっては、罰ゲームを受けて笑ってもらえることが幸せなのかもしれないけれど。


「プレゼント?」


「ああ。まあ、一応な」


 お兄が初めてプレゼントをくれたのは小学四年生のとき。

 あたしはあれが本当に嬉しくて、翌年もプレゼントをせがんだ。最初は嫌な顔をしたけれど、結局お兄はその年もプレゼントをくれた。


 それから毎年、欠かさずあたしにプレゼントをくれる。


 口では欲しいと言うけれど、お兄はいつまでプレゼントをくれるんだろうとは毎年思っている。


 だから、こうしてちゃんとプレゼントを渡してくれたことにほっとして、そして心の底から嬉しいと思う。


「大層なもんじゃないからな。どうせサンタさんからいいもん貰うだろうし」


「……別にお兄にはそこまで期待してないよ」


「ならいいけど」


 とは言うけれど、それでも適当なものを送ってくるようなお兄ではない。

 例え欲しいものじゃなかったとしても、あたしの知らないところでうんうんと唸りながら考えているのは簡単に想像できる。


 だから。


 中身はほんとになんでもよかった。


「ねえねえ、開けていい?」


「ああ」


 お兄はこっちを見ない。

 まるで興味がないみたいに、ずっと視線はテレビに向いたままだ。


 まったく。

 これがツンデレってやつなんだな。


 そんなことを思いながら、あたしは紙袋の口を留めているテープを爪でぺりぺりと剥がす。


 綺麗にテープを剥がして口を開き、中のものを取り出す。プレゼントは袋に入っていて、あたしは口を縛るリボンをしゅるりとほどいた。


 クリスマスプレゼントだから、これくらいの包装はおかしくないんだけれど、中を早く見たい側の人間からするともどかしい。


 けど、その分わくわくが続くから、嫌いではない。


 あたしはほどいたリボンをテーブルに置いて、袋の口を開いて中のものを手に取った。


「……これ」


 クリーム色の手袋とマフラー、それとニット帽と耳当て。


 あたしが声を漏らしたことで、お兄がこっちをちらと見る。


「使ってるの古くなってたからな。そろそろ新しいの使ったほうがいいと思って」


「ニット帽と耳当ては?」


「小学生のときと同じプレゼントはどうかと思ったから、おまけだ」


「ふぅん。そうなんだ」


 あたしはそれをぎゅっと抱きかかえる。


 ああ。

 温かいな。


 心がぽかぽかする。


「ありがとね、お兄ちゃん」


 あたしがからかうように言うと、お兄は照れたように頬をかいた。


「……今さらそんな呼び方すんな」


 ぽそりと呟いて、お兄は再びテレビの方に視線を向ける。耳が赤い。やっぱり照れているようである。


「ねえねえ、お兄」


 つんつんとお兄の二の腕をつつく。


「なんだよ」


「コンビニ行こうよ」


「なんで」


「いいから。ね?」


「……夜遅くに出掛けるのはいけませんって母さんに言われるぞ」


「お母さん、言ってもいいよねー?」


「隆之がついて行くならね」


 どや、とお兄の方を向くと、お兄は諦めたように溜息をついた。面倒くさいと顔が言っているけれど、それでもついてきてくれるのがお兄だ。



 *



「……まだか、あいつ」


 ちょっと準備してくるから待ってて、と部屋に戻った梨子を待つこと五分。


 コンビニに行くだけなのに準備もないだろうに。せいぜい上着を羽織る程度じゃないんだろうか。


「おまたせー」


 などと考えていると、ようやく梨子がやってきた。


 どうやら着替えたわけではないらしい。さっきまでと変わらない部屋着にもこもこの上着を羽織っている。


 まあ。


 違うところといえば、さっき俺が渡したプレゼントを一式装備しているところだろうか。


 手袋。

 マフラー。

 ニット帽。

 耳当て。


「ニット帽と耳当ての併用はどうなの?」


「いいの、あったかいんだから。ほら、行くよ」


 梨子に連れられコンビニに向かう。

 といっても、コンビニなんてどこの家からも徒歩五分くらいのところにはあるもので、我が家からもそれくらいの距離にある。


 コンビニにはすぐに到着した。


「なに買いに来たんだ?」


「んー」


 訊くと、梨子はそんなふうに唸る。

 その感じだと目的がないみたいじゃないか。


 ぐるりとコンビニの中を回る梨子の後ろをついていくと、アイスクリームが置いてある場所の前で足を止めた。


「アイス奢ったげる」


「なんだ急に」


「あたしからのクリスマスプレゼントだよ」


「……そういうことなら、買ってもらわないのはもったいないな」


 珍しい梨子からのリターンだ。

 別に求めていたわけじゃないけど、そういうことなら貰っておこう。


「じゃあこれ」


 俺は雪見だいふくを梨子に渡す。

 ここでハーゲンダッツを取らないところは兄としてのせめてもの優しさだ。というのは冗談で、実はそんなに好きじゃない。


 ぶっちゃけ、安いバニラアイスとの違いが分からない。


 自分の分も買うのかと思いきや、梨子は俺が渡した雪見だいふく一つを持ってレジに向かった。


「帰ろ」


 本当にアイスを買って帰るだけだった。

 よく分からないけど、梨子が満足ならそれでいいか。


 今日は梨子の接待日だからな。


「明日、陽菜乃さんとデートなんだよね?」


「そうだけど?」


 突然どうした、と思いながら俺はそう答えた。


「楽しい一日になるといいね」


 まるでむじゃきな子どものような笑みを浮かべながら、梨子はそんなことを言った。


 クリスマスだけは本当に素直だな。


 けど。


 それはきっと本心で。

 心の底から応援してくれているんだと思う。


 だから俺も素直に返しておくことにした。


「そうだな」


 静かな道を兄妹ふたりで並んで歩く。


 俺たちはいつまでこうしているんだろう、とふと思った。


「あ、そうだ。帰ったら雪見だいふく一つ食べていい?」


「なんでだよ。俺へのクリスマスプレゼントじゃなかったのか?」


「そうだよ。そうだけど、見てると食べたくなっちゃった」


「二つしかない雪見だいふくを一つ奪うのは相当にギルティな行為だぞ。ていうか、なんで買わなかったんだよ」


「今欲しくなったんだもん」


「買いに戻るか? コンビニはすぐそこだぞ」


「いや、いい」


「……俺はよくないんだけど」


 結局、コンビニには戻らずに俺たちは家に帰ることにした。俺だけでもコンビニに戻ってもう一つ雪見だいふくを買ってやろうと思ったんだけど止められた。


 そして。


 帰宅した俺の雪見だいふくが一つ奪われてしまったことは、もはや語るまでもないだろう。

 

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