第307話 思い出のプレゼント①


 巡る季節の中で、あたしは冬が一番好きだ。


 ひらひらと桜が舞う、始まりの鐘が鳴る春も好きだけど。

 じりじりと肌を焼く暑さの中にある、儚げな色をした夏も好きだけど。

 茜色に染まる景色と、美味しそうなにおいについつい食欲に負けちゃう秋も好きだけど。


 だけど、やっぱり冬が好き。


「メリークリスマスっ!」


 テーブルの上には豪華な料理とシャンメリーが並んでいる。

 ピザにチキン、ビーフシチューにサラダ。いつもは同じ舞台に上がらない料理がクリスマスという特別な日を祝うように登場していた。


 あたし、志摩梨子はサンタ帽を頭に乗せながらクラッカーをパンと鳴らした。


 お父さんと。

 お母さんと。


 お兄と。

 あたし。


 四人揃ってクリスマスを過ごすのは、あたしにとっては当たり前のことというか、そうであって当然のような感覚。


 お父さんとお母さんは仕事が忙しくて、いつも帰りが遅かったり休みが不定期だったりするけれど、この日だけはちゃんと帰ってきてくれる。


 ……お兄も。


 これまでは一人でいたけど、今年は陽菜乃さんという恋人がいる。

 もしかしたら今年はお兄はいないのかなって、寂しいけどそういう覚悟もしていた。


 けど、ちゃんと帰ってきてくれた。


 これからもずっと、家族みんなで過ごすことができたらいいのにな。


「俺、明日は一日出掛けるから」


 チキンを頬張りながらお兄が言う。

 これまでならばお母さんなんかは、お兄が出掛けるとくればめちゃくちゃ驚いていたけど、最近は『そうなんだー』くらいのリアクションになっている。


 お兄に友達がいる、というのが当たり前になってきている証拠だ。


「そーなの? じゃあご飯はいらない?」


「うん」


「最近はよくお友達と出掛けるわね」


 お母さんは感心したように呟く。

 本当は友達じゃなくて彼女と出掛けるんだよ、と言いそうになるけれど、それはあたしの口から言うことじゃない。


「友達じゃなくて、彼女だったらいいのにねえ」


「ハハハ、そりゃそうだな」


 お母さんとお父さんが二人で盛り上がる。


「……彼女だよ」


「隆之は第一印象はあんまりよくないけど、知っていけばいいところもたくさんあるんだけど」


「オレの息子だから大丈夫さ。きっと絶世の美女を連れてくるぜ。梨恵みたいにな?」


「キャー、お父さんったら」


 ふたりはキャッキャと盛り上がる。

 子供が二人いる家族にしては、仲が良い方なんだと思う。このままずっとこうだといいな、と願うばかりだ。


「「って、今なんて!?」」


 ベタな驚き方だ。


 けど、そうなるのも無理はないよね。

 あたしだって、初めて陽菜乃さんを見たときには驚いたし。だから、ふたりはもう一度驚くことになるよ。お兄の相手がめちゃくちゃ可愛い女の子だって知ったときにね。



 *



 小学四年生のときだ。

 それまでも、それからも、家族四人でクリスマスを過ごすというのは志摩家にとって当たり前のことなんだけど、一度だけそうじゃなかったときがある。


『ごめんなさい。どうしても外せない仕事が続いてて』


『オレもだ。申し訳ない』


『帰ってきたら両親が妹に土下座してるから何事かと思ったぞ』


 その年のクリスマス。

 お父さんとお母さんはどうしても休めない仕事があって、日にちをズラすことも難しくて、当日はあたしとお兄の二人で過ごすことになった。


 いやだいやだと言っても仕方ない、と考えるくらいにはあたしもある程度大人になっていたから泣いたりはしなかった。


 けれど。


 クリスマスが近づくにつれて。


 あたしの中には寂しいという気持ちが生まれ、溢れていった。


 見て分かるくらい、明らかに元気がなかったんだと思う。

 

 毎年、頼んでも『面倒くさいから今年はもうよくない?』と言ってくるクリスマスツリーの準備をお兄が自ら進んでやっていた。

 それくらい、あたしは分かりやすく落ち込んでいたんだと思う。


 クリスマス当日。

 その日の晩ご飯はこれまでで一番豪華だった。お母さんも申し訳ないという気持ちがあったんだろうなぁ。


 サンタさんからのプレゼントもいつもより豪華だった。あたしの寂しいっていう気持ちに気づいてくれたのかも。


『今年はサンタさんからなに貰ったんだ?』


 晩ご飯のとき。

 お兄はチキンを頬張りながら、そんなことを訊いてきた。


『んっとね。これ!』


 あたしは赤い箱に入ったニンテンドウスイッチを持ち上げてお兄に見せた。


『げ、ゲーム機……だと……?』


『お兄ちゃんと一緒にゲームしたいですってお願いしたの。そしたらほんとにくれたんだぁ。あとで一緒にしよ?』


『あ、ああ』


『お兄ちゃんはなに貰ったの?』


『俺はキックボード』


 そう答えたお兄はどうしてか、ちょっとだけ元気なかったな。

 あれは自分のプレゼントよりあたしのプレゼントの方が良いものだったから落ち込んでたんだな。


『そんなことより』


 気を取り直すように、というか自分にそう言い聞かせるように言ったお兄はイスから降りて自分の部屋に戻っていく。


 そして、なにやら見慣れない袋を持ってリビングに戻ってきた。


『これ』


『なにこれ』


 渡されたものをまじまじと見つめる。お兄があたしにこういうものを渡すということは滅多になくて珍しかったのだ。


『クリスマスのプレゼント』


『いつもくれないのに?』


『今年は特別だ』


 ほんとは分かってた。

 お父さんやお母さんがいなくて、あたしが寂しい思いをしているって考えて用意してくれたんだ。


 その気持ちがプレゼントにはこもっていて、温かくて、嬉しくて、ついついそんなことを言ってしまった。

 

『開けてもいい?』


 なにをくれるんだろう。

 あたしはわくわくしながらお兄に尋ねた。


 ぬいぐるみかな。

 キーホルダーかな。

 まさか文房具じゃないよね?


 口にはしなかったけど、いろんなことを考えた。


 でも、ほんとはなんでもよかったんだ。


 お兄がプレゼントをくれたことが嬉しかったから。


『……ああ。あんまりお金なかったから、別にいいもんじゃないぞ』


 照れているのを誤魔化すように視線を泳がせながら言うお兄を見てから、あたしは袋を丁寧に開けて中のものを取り出した。


 入っていたのは水色のマフラーと手袋だった。


 そのときはちょうどマフラーや手袋がなくて、寒いなぁと呟いていたこともあった。

 もしかしたら、お兄にしては珍しくそういうのを聞いていたのかも。


 そう考えると本当に嬉しくて。


『ありがと、お兄ちゃん』


 あたしは、宝物を独り占めするようにぎゅっと抱きかかえながらお兄にお礼を言った。

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