第306話 イヴは彼女と友達と【いちゃいちゃ編】


 カラオケをしつつ、たまにみんなで盛り上がるゲームなんかを挟んで気づけば時刻は夕方。


 俺はそろそろ退散しなければという時間になっていた。


「俺、そろそろ帰るわ」


 どうやらカラオケはフリータイムで予約しているらしく、夜の部はこのままぶっ通しで続けられるらしい。


「そうなのか」


 陽菜乃は秋名や柚木と一緒に歌ったりして俺のもとを離れていき、俺は今は樋渡たちと一緒にいた。


「よいお年を、になるのかな?」


「かもしれないな」


 近くにいた伊吹と年末らしい挨拶を交わす。メリークリスマスすらまだなのに、そんな挨拶をするのもおかしな話だけど、伊吹たちとは年内にはもう会わないだろうし間違いではない。


「来年もよろしく」


「こちらこそ」


 まさかクラス一のイケメンで人気者である伊吹とこんな距離感で話をすることになるとは思わなかったな。


 文化祭でトラブルがあって、あのとき勇気を出して本当に良かった。


「僕はまだ会うかもしれないし……ていうか、会おうぜ」


「ああ。また連絡してくれ」


「たまにはそっちからくれてもいいんだけどな?」


「そうするとバイトがって言うじゃん」


 樋渡とは休みの日でも会うようにはなった。

 基本的には樋渡から連絡をくれるが、それが申し訳なくてこっちから誘うことが何度かはあった。


 けど、その度にバイトだと断られるのだ。さすがに心が折れる。どんだけ働くんだよって感じ。

 

「志摩が毎度タイミング悪いんだよ」


「そんなこと言われても」


 とはいえ。


 こんなことを言いながらも樋渡とはまた会うような気がするので、よいお年をという挨拶はまだ控えておくことにしよう。


 いいやつだな、とは前々から思っていたけど、ここまで仲良くなるとは思わなかったな。

 今では俺の学生生活には必要不可欠な存在だ。実は三年になっても同じクラスであってくれと心の底から願っている。


 樋渡と伊吹に挨拶をして俺は今回の回である堤さんの方へ向かう。一応、一声掛けておくのがマナーというものだろう。


「俺、そろそろ帰るので」


「もう帰っちゃうの? もしかして陽菜乃ちゃんと聖夜のデートかな?」


「そういうんじゃない。家族との予定があるんだよ」


「ありゃ、そうなの」


 つまんなーい、と堤さんは唇を尖らせる。別にあなたを面白がらせるために生きてはいないからね。

 ただ、まあ、そこまで言うなら一応伝えておこうかしら。


「陽菜乃とは明日会うことになってる」


「なぁんだ、そういうこと。また話聞かせてね?」


「機会があればな」


 という感じで挨拶を済ます。

 俺が動き始めたことをきっかけに、数人が帰る準備を始めた。各々、最後の挨拶回りをしている。


 帰る前に、俺は陽菜乃たちのところへと向かう。もちろんこの三人に何も言わずには帰れない。


 陽菜乃、秋名、柚木は三人でなにやら楽しそうにスマホを眺めていた。


「用事あるからそろそろ帰ろうと思う」


「そうなの? せっかくなんだしもうちょっといてもいいのに」


「悪いな。家族との予定があって」


 残念そうに言う柚木に理由を告げる。

 家族というワードに、ならしかたないかと柚木も納得してくれたようだ。


「わたしも帰ろうかな?」


「なにか予定あるの?」


 どうしようかな、みたいな感じで立ち上がった陽菜乃に柚木が尋ねると、陽菜乃は俺の方をちらと見てきた。


 ああそういうことか、と思い至る。

 

「俺は大丈夫だから、もうちょっといたら? せっかくのクリスマス会なんだし」


「そう? じゃあ、そうしようかな」


 どうやら、俺が帰るから一緒に帰ったほうがいいかなと考えていたらしい。そんなこと気にしなくてもいいのにと思う一方で、そんなことを思ってくれることが嬉しかった。

 

「陽菜乃ちゃんが変な男に絡まれないか、ちゃんと見張っておくから心配しないで」


 柚木がビシッと敬礼しながら、可愛らしいウインクを見せてくれた。そういう心配はしてないんだけどな。


「このクラスで陽菜乃に絡みに来る男子はもういないんじゃない?」


 秋名がにやにやと笑みを浮かべながら言う。


 俺と陽菜乃が付き合ったということは修学旅行が終わったあとにクラスメイトにバレた。


 一応、みんなは祝福してくれたので、多分そういうのはないだろうと思っている。


「たしかにね。隆之くんと陽菜乃ちゃんのラブラブっぷりを見てれば、ちょっかい出す気にはならないか」


「別にそんなラブラブしてないと思うんだけど」


 学校では……というか、人前では普通くらいの距離感を保っていると思うんだけど。

 というか、人前でそんなにイチャイチャする度胸とかない。普通に恥ずかしい。


 俺がそう言うと、柚木と秋名は信じられないとでも言いたげなリアクションを見せた。


「ちょっと聞きました梓さん。お二人さん、無自覚みたいっすよ?」


「あれだけのいちゃいちゃを無自覚に行うなんて、リア充っていうのは恐ろしいね」


 ひそひそ話すような動きだけど声はしっかりとこっちまで届いている。全然ひそひそしていないし、そもそも俺に隠すつもりはないんだろう。


「またまたご冗談を」

 

「……」

「……」


「冗談じゃない!?」


 マジでイチャイチャはしてないと思うんだけどなあ。

 これは秋名と柚木の度が過ぎた冗談だろう。そうに違いない。というか、そうであってくれ。でないと恥ずかしくて死ねる。


「俺たちそんなにイチャイチャしてないよな?」


「どうなんだろうねー?」


 陽菜乃はにぱーっと笑顔を浮かべた。そんな彼女の笑顔を見ていると、まるで甘いショートケーキを食べているような気分になる。


「そういうのだよ」


「無自覚こわーい」


 普通に話してるだけなのに?

 だとしたらもうなにがイチャイチャなのか俺には分からないぞ。

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