第305話 イヴは彼女と友達と【やきもち編】
終業式は相変わらず校長の長い話が続いた。みんなの頭はもう冬休みモードに突入しており、話なんて聞いてないのに。
毎度思うが、これは誰が得してるんだろう。興味ないことは校長も分かってるだろうから、みんなが損してる気がするんだけど。
終業式が終わると教室に戻り、最後のホームルームが行われる。ここで渡されるのが通知表だ。
テストが終わって安心できるかと思いきや、ここで落とされる人がいたりするから気が抜けない。
まあ、よほど普段の行いが悪くなければテストの点数と比例した結果になるだろうけど。
ちなみに俺はいつもと変わらない。
親に怒られることはない、褒められてもおかしくはないけど特に何も言われないだろうなって感じの成績だ。
担任の短めの挨拶を最後にホームルームが終わり、俺たちの冬休みは始まった。
「それじゃあ昼から参加の人はこのまま移動しよっか」
堤さんが仕切り、昼参加のクラスメイトがぞろぞろとそれについて行く。
昼に予定があるという人はほとんどおらず、八割くらいのクラスメイトがそのまま参加となっているようだ。
「これってどこ行くの?」
そういえば目的地は聞いていなかった。
昇降口に向かいながら近くにいた柚木に訊いてみる。
これだけの人数だから、おおよそ予想はできるけど。文化祭のときみたいにボウリングか、去年のようにカラオケか。
まあ、ベタなその辺を外せば俺には予想できない様々な場所はあるんだろうけど。
「とりあえずカラオケを抑えてるらしいよ」
「やっぱりか」
答えてくれた柚木には申し訳ないけど、俺はがっくりと肩を落とす。
不思議そうに首を傾げた柚木だったけど、わざわざ理由を教えてあげる気にはならない。
すると。
「志摩はカラオケ苦手だからなー?」
そう言ったのは雨野さんだ。
相変わらずマスクは健在である。修学旅行とか、そもそも普段の昼ご飯のときとか、素顔を見るチャンスはこれまでに何度もあったけど実は未だに一度も拝めていない。
これはもう意図的に隠されているとしか思えない。
「去年は一曲だけ歌ってたな?」
「そうだっけ」
とぼけておいた。
ふたりはきゅあきゅあという女児向けアニメのテーマソングを歌ったなんて紛うことなき黒歴史だからだ。
「隆之くん音痴だっけ?」
「そんなことはない、と思いたい」
「でも苦手なんだ?」
「知ってる歌が極端に少ないんだよ」
しかし。
俺も日々成長する男だ。
こんなこともあろうかと、数曲程度だけどレパートリーは増やしておいた。いつまでもふたりはきゅあきゅあを歌う男じゃないぜ。
「あと、シンプルに人前で歌うのが好きじゃない」
普通に恥ずかしい。
なんでみんなあんなにノリノリで歌えるのか謎でしかない。
「じゃあ歌わないの?」
「できることなら。ただ、そういうわけにもいかないかもしれないから、一応何曲かは用意してる」
誰もが知る王道ソングだったり、CMで使われた人気曲だったり、とりあえず有名どころを抑えておいた。
「もちろん歌ってもらうわよ。みんな志摩の歌を楽しみにしているもの」
俺たちが話していると、そこに不破さんが割り込んできた。いつからか、この人とも普通に話すようになったな。
「不破さんもあんまり歌とか歌うイメージないけど?」
「歌うわよ。女子高生たるもの、カラオケくらいできて当然だもの」
そりゃそうか。
不破さんは友達もいるし、俺なんかよりよっぽどカラオケに行く機会があっただろうし。
「どういうの歌うの?」
「バラライカ」
知らない曲だな。
どういう歌なんだろう。
*
「むう」
「そんなにむくれないの」
「だって」
隆之くんってば、女の子に囲まれて楽しそうにしちゃって。
わたしがむくれると、梓が楽しそうに励ましてくれる。これは面白がっているだけで、大して励ましの気持ちはないんだよね。
「割って入ればいいじゃん? わたしの隆之くんなんだよって」
「束縛する彼女になりたくない……」
「返ってくるコメントが微妙に求めてるものじゃないんだよね」
「嫉妬とかしない、心の広い彼女になりたい」
「そりゃ頑張らなきゃだね」
隆之くんは本当に変わったと思う。
その結果、彼の周りも大きく変わっていった。
ずっと一人でいた隆之くんの友達はわたしと梓だけだった。
それから樋渡くんやくるみちゃんという友達ができて。
文化祭というイベントをきっかけにクラスメイトのみんなと仲良くなった。
だから、ああやっていろんな人と話すのはいいことなんだよね。
いいことなんだけどぉ……。
「ねえ、梓」
「ん?」
「わたしって面倒くさいかな?」
「んー、まあ、そだね」
ですよねえ、とわたしは深い溜息をついた。
別に、そんなことないよって言ってほしかったわけじゃない。自分でもそう思うし。
梓はこういうとき嘘はつかないし誤魔化したりもしないから、きっと本音だと思う。
やっぱり、面倒くさい女なんだなあ。
「でもあれだよ、志摩的にはそこも含めて可愛いんじゃない? 嫉妬も一つの愛の形なわけだし」
「そう、かな?」
「……多分」
「そこは自信持ってよぉ」
まだとうぶんは心の広い彼女にはなれそうにないや。
束縛はしないまでも、嫉妬の炎とかはメラメラ燃やしちゃうに違いない。
他の女の子と仲良くするのは別にいいんだ。
ただ、そうするなら。
その倍の時間、わたしと一緒にいてほしい。
*
「あの、陽菜乃?」
「ん?」
カラオケに到着した。
順番とか気にせず、みんなが好きなように曲を入れていくので俺の出番は当分来そうにない。
歌いたいわけじゃないので、それは全然構わないのだ。適当に手拍子しながら見てるだけでいいから。
「ちょっと近くない?」
「そんなことないよ? これくらい普通だと思うよ」
「そうかな」
カラオケに入ってから、陽菜乃がずっと隣をキープしてくる。
それは別に構わないのだ。
ただ、その距離が少し近いような。
隣り合わせて座るといっても拳一つ分くらいは空くのが普通だと思うけど、陽菜乃はもう肩と肩が触れ合うくらいに距離を詰めてくる。
多分だけど普通ではない。
雰囲気からしても怒ってるわけじゃないんだろうけど、だとしたらこれは理由の分からない行動だ。
人前でこういうことはあんまりしないようにしてたはずなんだけどな。
「……ちょっとお手洗い行ってくる」
「ああ、うん」
さっきからもじもじしてるなとは思っていたけど、トイレを我慢していたのか。
「そこを動いちゃだめだよ?」
「別に動かないけど」
「ぜったいだよ!?」
「何の念押し!?」
よく分からない発言を残して陽菜乃はカラオケルームを出ていく。
一人になった俺はステージで楽しげに騒ぐ木吉と堤さんを眺めながら、ぱちぱちと手拍子をしていた。
「へいへい隆之くん、盛り上がってるかい?」
「まだ一曲も歌ってないじゃん、へい!」
少しすると、酔ってんのかと言いたくなるようなテンションで柚木と雨野さんが現れた。
「歌わないの?」
「歌いなよユー、歌っちゃいなよユー」
「別に歌わないでいいならそれに越したことはないから」
みんなが楽しいならそれでいい。
その輪の中にいるだけで思いの外楽しいから。
「一人一曲はノルマだぜー?」
「恥ずかしいなら一緒に歌ってあげよっか?」
両隣に二人が座る。
一人で歌うのは恥ずかしいからな。
誰かが一緒に歌ってくれるなら有り難い話だ。
そんなことを考えていると。
「それならわたしが歌うよっ」
いつの間にかトイレから戻ってきた陽菜乃がどういうわけか、俺の膝の上に座ってきた。
「なんで膝の上?」
「ここしか残ってないからっ」
むう、と頬を膨らませながら陽菜乃がこっちを向いてくる。膝の上にいるので、振り向くと顔の距離がいつもより近い。
「隆之くんはすぐに女の子に囲まれるね?」
「別にそんなことは」
「いつの間にそんな子になったんだろ」
「さ、さあ」
俺が陽菜乃に追い込まれていると、両隣の二人が立ち上がる。
「じゃあ、あたしたちは行くとするよ」
「あとは二人でお楽しみなー」
逃げたな?
火種を作るだけ作って、爆発が怖くなって退散しやがった。こんな絡み方をしてくるときの陽菜乃はたいてい相手をするのが大変だ。
まあ、そこも可愛いからいいんだけど。
「陽菜乃さん? 隣、空きましたよ?」
「……もうちょっとだけ、膝の上に乗る刑だよ」
「なにその刑」
陽菜乃はそれから本当に暫く膝の上に乗っていた。いつもならこういうことはしないんだけど、今日は周りの目を気にしない日なのだろうか。
足がビリビリし始めたところで、ようやく陽菜乃は隣に移動してくれた。
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