第304話 テストが終われば
二学期期末テスト。
その年に行われる最後のテストで、その結果により冬休みの在り方が大きく変わる大事なイベント。
例えばここで高得点を叩き出せば、お年玉の金額に影響を及ぼすかもしれないし、なんならクリスマスの臨時ボーナスがあるかもしれない。
逆に、点数が悪ければ親の視線を気にしながら冬休みを過ごすことになるし、最悪の場合補習なんてこともあり得る。
つまり、学生にとっては成績とは別のところでも重要になってくる。
なんて。
そんなことを言ってはいるけるど、俺としてはそこまで気を張るイベントではなかった。
できる限りの勉強はしてきたし、いつも通りの得点は取れる自信があるからだ。
テストの全日程を済ました今、その自信はゆるぎないものである。
「どうだった?」
最後の教科を終え、クラスメイトは拷問から解放されたようなテンションで騒ぎまくる。
そんな中、樋渡もまた肩の荷が下りたような表情で俺の席の前に座る。テスト期間中は出席番号順になっているので、いつもとは席が違うのだ。
「問題はないと思う。いつもくらいの点数だろうな」
「はは、言いたいもんだよ」
「そっちは?」
「……まぁ、赤点は最低限に抑えることができたと思うよ」
「あるはあるのか」
樋渡は秋名と一緒に柚木から勉強を教わっていた。どれだけのことをしたのかは結局知ることはなかったけど、その成果としてはどうだったんだろう。
「僕は捨て教科を用意したからね。その代わりに取れるところでは高得点を狙ったよ」
「取れそうなのか?」
「……まあ。多分」
自信はないのかよ。
いつもスマートに物事をこなす樋渡にしては歯切れの悪い物言いだ。この男のこういうリアクションは勉強に関してしか拝めないので珍しく、貴重である。
「お疲れ様会をしよう!」
俺と樋渡が話していると、割り込むようにそう発言したのは柚木だった。
ある意味、樋渡よりも秋名よりもスッキリした顔をしている。
二人に勉強を教えていた彼女は、きっと今回のテスト期間のMVPだろう。存分に労ってあげるべきだ。
「ねえねえ、お疲れ様会しようよ! 隆之くん! 優作くん!」
机をばんばん叩きながら、子供が親におもちゃをねだるように言う柚木。彼女にしては珍しい振る舞いだなと思った。
テストが終わったことによって得る開放感でおかしくなる人はよく見掛けるけど、今回は柚木もその一人なのか。
「俺はいいけど」
「僕も構わないよ。お礼しないとだしな」
「よっしゃあ」
「柚木はテストの出来はどうだったんだ?」
俺が尋ねると、柚木は「それ訊いちゃう?」とどや顔に近いものを浮かべた。どうやら自信がお有りのようで。
「たぶん、過去一の高得点だね」
「まじでか」
「梓と優作くんに勉強を教えまくった結果、それがいい感じに勉強になったんだと思う」
人に教えるというのは本当にいい勉強になる。相手に伝えるために自分がきちんと理解する必要があるし、それを分かりやすく教えるとなると難易度は増す。
「案外悪くなかったとか?」
「終わってみればね。あの苦労の代わりに高得点だけが残ったわけだし」
ふふん、と柚木は得意げな顔をする。
「じゃあ、次もお願いしようかな」
そんな柚木に樋渡が言うと。
「もう二度とごめんだよ!」
と、躊躇いなく即答した。
どうやら見せているリアクションからは想像できない辛さだったらしい。
「梓と陽菜乃ちゃんを誘いに行くから一緒に行こ?」
「ああ」
テストが終わり、頭を使い終えた秋名が机に突っ伏しており、それを陽菜乃がよしよしと甘やかしている。
秋名のやつ。
羨ましいじゃないか。
「お疲れ様会をしよう!」
二人に向けて俺たちのときと同じアプローチを見せる柚木。彼女に任せておけばスムーズに話は進むだろう。
俺たちは場所でも探しておこうか、などと考えていると。
「みんなー、ちょっと聞いてー」
と、教卓の方で堤さんが注目を集める。よくもあんなところから教室全体に声をかけれるな。あれじゃみんなに見られちまうじゃん。
「二十四日、みんなでクリスマス会しないー?」
堤さんの提案にクラスメイトはウェイウェイと盛り上がる。
「お前ら、二十四日はデートか?」
隣にいる樋渡が尋ねてくる。
俺はそれにかぶりを振った。
「いや、出掛けるのは二十五の予定だけど」
「じゃあ行けるのか?」
「んー」
二十四日は家族でクリスマス会をする予定だ。まあ、クリスマス会というか梨子への接待みたいなもんなんだけど。
「多分、これって夜だろ?」
俺の疑問に樋渡は「どうだろ」と呟いてから手を挙げる。堤さんがそれに気付き、どうしたのという顔をした。
「それって夜集合?」
「まだそこまでは決めてないよ。終業式だから、そのままって流れもアリかなとは思うけど」
「夜は予定あるって人もいるんじゃないか?」
「あー」
堤さんがどうしたものか、と唸りを上げる。
こういう考え方は良くないのかもしれないけど、みんなで集まって楽しんでくれて構わないんだけどな。俺のことは放っておいてさ。
「じゃあ、昼から集まって夜も騒げばいいんじゃないか?」
そんなときにスマートに提案をしてくるのはクラスの王子様、クラスの人気者である伊吹だ。
「夜に予定があるなら昼だけ、逆に昼に予定があるなら夜から、一日なにもなければ一日中って感じで」
伊吹の提案にクラスメイトが沸く。
それならばみんなも参加しやすいかもしれないな。俺も昼は参加して夜は家に帰ることができる。
「これなら志摩も参加できるな」
「ああ。助かったよ」
「お前がいなきゃつまんないからな」
言いながら樋渡が背中をバシバシ叩いてくる。
そんなことを言ってくれる友達ができたんだなと、そんなことを考えてしまった。
「陽菜乃たちは参加するのか?」
ふと思い、振り返ると陽菜乃と柚木はもちろんという笑顔を浮かべた。秋名はまだ死んでいた。
二人が来るなら秋名も来るだろうけど。
なんてことを考えながら秋名を見ていると、陽菜乃がにまにましながら俺を見ていたことに気づく。
「なに?」
「んーん。なんでも」
「なんでもないって顔してなかったぞ?」
俺がツッコミを入れると、陽菜乃はんふふと変な笑い方をした。
「隆之くんも変わったなぁって思って。去年はこういうのに参加するの渋ってたでしょ?」
「ああ、まあ」
「そうなのか?」
俺の返事に樋渡が意外そうなリアクションをした。お前は去年同じクラスだったんだから、俺の状況知ってるだよ。いや、眼中になかったから知らんか。
「まあな。今年はみんなもいるし、きっと楽しいだろうなって素直に思えたから」
去年は陽菜乃と秋名しか知っている人はいなくて、その二人も友達と呼ぶにはまだ少し距離があった。
でも、なにかが変わるような気がして俺は一歩を踏み出したんだ。その結果、いろんなことが変わったのは確かなんだけど。
けど今年は違う。
陽菜乃がいて。
秋名がいて。
柚木がいて、樋渡がいて。
クラスメイトのみんながいる。
陽菜乃とのクリスマスは楽しみなんだけど、クラスのみんなとの時間も楽しみだと思えた。
そういう意味では、確かに俺は変わったのかもしれない。
「嬉しいこと言ってくれるね」
「友達冥利に尽きるな」
「こういうところも好き」
柚木、樋渡、陽菜乃がにやにやしながら好き好きに口にする。そんなことを言われるとなんだか居心地が悪いじゃないか。
けど何が調子狂うって。
「……」
こういうとき真っ先に言ってきそうな秋名が最後まで死んでることだ。
早く元気になってくれ。
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