第303話 兄妹の時間は変わらない③


 去年はくまのぬいぐるみをプレゼントした。それはたまたま一緒に買い物をしていたときに気になっている様子を確認できたからだ。


 だとすると、今年は完全にリサーチ不足だ。


 クリスマスプレゼントなんだし別にサプライズにすることはないから聞いておけば良かった。


 あれ、じゃあ訊けばいいのでは?


「なにしてるの?」


 スマホを取り出した俺に梨子が呆れたような声をかけてくる。


「いや、よくよく考えたら別にサプライズで渡すわけじゃないんだから欲しいもの訊けばいいんじゃと思ってさ。俺ってば聡明」


「聡明どころか大馬鹿の鈍感あほお兄だよ」


「そんな言う?」


「プレゼントで欲しいもの直接訊くとかナンセンスだから」


「そうなの?」


 梨子がわざとらしく盛大な溜息を漏らす。仕方ないけどそこまでのリアクションする必要ないよね?


「例えば、クリスマスにはサンタさんがプレゼントくれるでしょ?」


「ああ」


 梨子は中学三年生なのにサンタさん信じてるんだよなあ。うちの両親いつ真実を打ち明けるんだろう。


「あれってプレゼントがなにか分からないから開けるときにワクワクするし、それが欲しいものだったから嬉しいんじゃん?」


「たしかに」


「そういうことだよ」


 そういうことなの?

 よく分からないけど納得できないでもない理由に、俺は頷くことにした。


 プレゼントが貰えることは分かっていても、それが何かは分からない方がワクワクするってことだよな。


 しかし。


 だとしたら訊くことはできない。

 振り出しに戻ってしまったぞ。


 はてさて、どうしたものか。


 陽菜乃といえば食べ物だ。

 でもクリスマスプレゼントに食べ物は違うよな。やっぱり彼氏彼女なんだし何かモノを送るべきではないだろうか。


 ぬいぐるみは去年渡しているから候補からは除外すべきだろう。二年目もぬいぐるみだと、もうそれが恒例みたいになってしまう。


 この前、キーホルダーをくれてお揃いのものをカバンにつけている。間隔的にキーホルダーも違うよな。いやそもそもクリスマスプレゼントにキーホルダーは違うか。


 ていうか、これどれくらいの相場で考えればいいんだろう。

 あんまりお金はないし、高価過ぎても困るだろうからそこそこのものでいいのだろうか。


「あれ、もしかして志摩?」


 俺がそんなことをぐるぐる考えていると、聞き慣れない男の声に名前を呼ばれた。


 誰だろうとそちらを向くと、知らない男の子が立っていた。え、どちら様でしょうかと思っていると、隣にいる梨子がわなわなと震えていた。


 ああ、梨子の知り合いか。


 中学生は高校生と違って地元だからクラスメイトに会う確率が高いんだな。

 ましてやここは天下のイオンモール。ここに来ればとりあえず何でも出来てしまうし、足を運ぶのも無理はない。


「あ、えっと」


 梨子が気まずそうに視線を泳がせている。こんな反応は珍しいな。どういう相手なんだろうか、と彼の方を見ると何故か俺が敵意剥き出しの目を向けられていた。


「お前、志摩のなんだよ?」


「え」


 突然絡まれて俺は驚いてしまう。

 なんだかんだと聞かれたら答えてあげるが世の情けだけど、俺はただのお兄なんだよなあ。


「野口くんやめて、この人は兄さんだよ」


「お兄、さん?」


 梨子に言われて自分の失言に気づいた野口くんが恐れるような顔を俺に向けた。


「スンマセンっす」


「いや、別に気にしないで」


 この子、もしかしてあれか。


「学校の外で志摩に会えるなんてラッキーだぜ」


「あはは、そう?」


「お兄さんと仲良いんだな?」


「うん、まあ、普通くらいだと思うよ」


「そうかな、二人で買い物来るのは仲良いんじゃね? お兄さんが羨ましいよ」


「そう、なの?」


「お、俺も志摩と買い物とか、できたらいいなって思うし」


「機会があればね」


「今は受験あるからな! それが終わったらじゃあ映画とか観に行こうぜ!」


「まあ、うん、そだね」

 

 もしかしなくても梨子のこと好きなんだな。

 彼の態度で好意に気付けるなんて、俺も成長したもんだよ。

 

 残念ながらお前ごときじゃ梨子に相手にはされないようだぞ。俺でも脈なしなのが見て取れる。


「ごめんね、野口くん。あたし、兄さんの買い物に付き合わないといけないから」


「えー、お兄さん一人じゃダメなんすか?」


「ん? まあ、そうだな」


 梨子が彼には見えないように物凄い形相でこちらを睨んでいたので、肯定しておいた。

 まあ、そんなことされなくてもそもそも長居させるつもりはなかったけど。


 梨子に彼氏とかまだ早いしな。


「そういうことだから、また学校でね」


 言うが早いか、梨子はそれだけ言って俺の手を取りタタタとその場から逃げるように離れた。


「あの子、梨子のこと好きなんじゃないのか?」


「だろうね」


「だろうねって」


「相手の好意なんて、本人が思ってる以上に漏れてるからね」


「そうなの!?」


「そうだよ」


 俺はそういうの気づかなかったな。

 もしかしたら陽菜乃とかは隠すのがめちゃくちゃ上手かったのか。いや、今思い返すと普通に隠してなかったか。


「それに気付けない人を、世間では鈍感って言うんだよ」



 *



 それから一時間ほど悩みに悩んで、ようやくクリスマスプレゼントを買うことができた。


「ちなみに」


 イオンモールからの帰り道、二人並んで自転車をキコキコ漕いでいるときに俺が切り出す。


「なに?」


「クリスマス、今年はなにが欲しいんだ?」


 去年は親からはエアーポッツを貰ってたな。俺はパジャマをプレゼントした。


 何だかんだ言ってたけど、あれからずっと着てくれてるし喜んでくれたんだと思っている。


「なんでもいいよ」


「なんでもいいよって言いながら、適当なものを渡したら怒るだろ?」


「適当なものを渡されたら誰だって怒るでしょ」


 やれやれ、と梨子は首を振る。

 そんなレベルの適当なものは渡さないけど。


「そうじゃなくて、ちゃんとあたしのことを考えて選んだものならなんでもいいよってこと」


「ホントに?」


「誰だって、自分のことを思って選んだプレゼントが嬉しくないはずないからね」


「……あんまり期待はしないでくれよ」


 きっとこれは梨子なりのアドバイスなんだと思う。

 というか、そういうふうに捉えよう。


「いやいや、超期待してるから♪」


 にひひと楽しそうに笑う梨子。

 

 なにかいいものがあれば、今年は奮発してやろうかな。


 そんなことを思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る