第300話 クリスマスはどこへ行く?
「隆之くん、ドリーミーランドって行ったことある?」
「ドリーミーランドって、あのドリーミーランド?」
東京にあると思われているけれど、実は千葉にあるという夢の国。誰もが一度は行ってみたいと思っているに違いないテーマパーク。
「そう」
「ないけど?」
そんな話を陽菜乃が切り出したのは、学校が終わり二人で帰っているときだった。
テストまであと二日。
最後の追い込みをかける時期であり、さすがに家に帰って勉強しようかという話に落ち着き、二人でゆっくり話せるのはこの時間だけとなっていた。
「わたしね、クリスマスにどこ行きたいかずっと考えてたの」
「それがドリーミーランド?」
「いえす」
あれほどの規模のテーマパークならばクリスマス仕様になっているだろうから、クリスマス感を味わえつつ特別感もある。そういう意味ではクリスマスデートにはもってこいな場所ではあるんだけど。
「ちょっと厳しいんじゃない?」
まず第一に金銭的な問題がある。
しかしそれはテストの結果次第では親に交渉することができるだろう。クリスマスだからという後押しもあって、何とかなる可能性はある。
が、それ以上の問題が一つ。
「そうかな?」
「日帰りのプランだと結構忙しない一日になると思うよ」
交通手段として新幹線や飛行機、夜行バスといった選択肢がある。日帰りができないわけではないが、そうなると常に時間を気にしながらの一日になってしまう。
何となく、それは違うような気がした。
「一泊すればいいのでは?」
「それこそ厳しいだろ。まだ高校生の俺たちだけの宿泊に許可が出るとは思えないよ」
うちは放任主義だからもしかしたら大丈夫かもしれないけど、陽菜乃の両親……特にお父さんが許してくれないに違いない。
「そうかなぁ」
「ドリーミーランドはまた別の機会にということで」
それに、もし仮に許可が出たとして、陽菜乃と二人だけの二日間とかいろいろ我慢できる気がしない。
そういうことも考えると、やっぱりドリーミーランドは避けるべきだ。
「そこは無理だけど、近くの遊園地はどう?」
「どこかあったっけ?」
一応、その辺は調べている。
特別感のあるデートプランという線で考えていたときに出てきたのだ。
「この辺だとさくまパークかな」
「あー、さくパーか」
「そんな略し方するんだ」
ここからだと電車で十駅くらいだったはずだ。近くもなく遠くもない、距離としてはちょうどいいのではないだろうか。
「調べたらイルミネーションとかもやってるらしいよ」
「そうなんだ! いいよねぇ、イルミネーション」
陽菜乃はうっとりするように表情を緩ませた。
「イルミネーション好きだっけ?」
「嫌いな女の子はいないと思うよ」
そんなことはないだろうけど。
けど、確かにイルミネーションを嫌いと言う女の子のイメージはあまり浮かばないか。
「じゃあ、そこに行こっか?」
「ここでいいの?」
なんというか、あれだけ悩みに悩んだ末にこんなにあっさり決まるのかという気持ちはある。
「うん。隆之くん的にはちょっと違う感じ?」
「いやそんなことはないんだけど。なんか、あっさり決まったなと」
存外、こんなもんか。
一人で悩んでいたときはどれだけ悩んでも答えなんてでなかったのに。二人で話し合えばこうも簡単に決まってしまう。
決まらなかったのは、俺が陽菜乃の気持ちを考えすぎていたというか、勝手に決めつけていたからだ。
彼女ならどうすれば喜ぶだろうか。
こっちよりこっちの方が嬉しいのではないだろうか。
結局答えは出ないような、そんなことを考え続けていた。
遊園地という案だって俺の中にはあった。けど、もっと彼女が喜ぶプランがあるんじゃないかと、決定には至らなかった。
どれだけ考えても、相手の気持ちなんて分からない。
分かったような気になっているだけ。
言葉にされて、初めて相手のことが分かるんだ。
「たしかにね。もうちょっと悩んでも良かったかも。こういう時間も楽しいもんね」
「そうだな」
旅行はスケジュールを練っているときが楽しい、という話はよく耳にするけれど、これもそれと似たようなもんか。
もう少し話していたい、とは思うけど時間がそれを許してくれない。
気づけばもう駅に到着してしまった。
「隆之くんとお話してると駅までがあっという間だ」
「俺もだよ。電車通学に変えようと思うくらい」
「わたしも、自転車で来ようかなって思っちゃう」
同じようなことを考えていたとは。
それがおかしくて、二人して笑ってしまう。
これからずっと、は厳しいけどたまにならそういうのも悪くないかもしれない。
テスト期間だし、明日は電車で来てみようかな。
そんなことを思った。
*
その日の夜のこと。
風呂も済まし、自分の部屋で布団にダイブしぼーっと天井を眺めていた。
勉強も今日の分は終わらせたし、あとはテストをしくじらないだけ。
問題だったクリスマスの行き先も決まったし、あとは細かなスケジュールを考えるだけだ。
「お兄、消しゴム余ってる?」
「梨子、部屋に入るときはノックをしろと」
「あ、あった。これ貰ってくね」
「こら、勝手に引き出しを漁るな」
俺の制止は一つ足りとも聞いちゃいない。もうこっちだって聞き入れてもらえるなんて思ってないけどな。
「お兄、クリスマスは出掛けるんだよね?」
「あ、ああ。まあ」
「……だよね」
少しだけしゅんとする梨子。
その理由はさすがに察する。これでも十何年、梨子のお兄ちゃんをしてきているから。
「二十四日は家にいるぞ」
「……そっか。まあ、お兄の予定なんて別にどうでもいいけどねっ」
少しだけ機嫌を直して、梨子は部屋を出て行ってしまう。
クリスマスは家族でご飯、というのは志摩家にとって毎年恒例の大事なイベントとなりつつある。
というよりは、梨子にとってなのかもしれないけど。
また適当にプレゼント用意しておかないとな。
「……あ」
当日のプランのことばっかり考えててすっかり忘れていた。
陽菜乃へのクリスマスプレゼント。
……買わないと。
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