第298話 ようこそ日向坂家⑨
「陽菜乃、ちょっとお迎えに行ってきて」
「はーい」
晴乃さんに言われ、手を洗い終えた陽菜乃がリビングを出ていく。
俺は膝の上にななちゃんを乗せていて、立ち上がることさえ許されない状態である。
しかし、お父様がこちらに帰ってくるというのに座ったままというのは如何なものか。
「あの、晴乃さん」
キッチンで料理を続ける晴乃さんにヘルプを求めてみる。
「なーにー?」
「俺、どうしたら?」
ちらと俺の方を見て状況を把握してくれる。しかし晴乃さんは何をするでもなく料理を再開した。
「そのままでいいと思うわよ。ななの相手をしてくれているだけで十分だもの」
「でもお父様が帰ってくるのでは?」
「大丈夫だいじょうぶ」
本当だろうか。
俺は半信半疑の気持ちのまま、しかしご機嫌に遊ぶななちゃんをどうすることもできずに、結局このままの状況でお父様を待つことになった。
先にリビングに戻ってきたのは陽菜乃だ。そのすぐあとにお父様が顔を見せた。瞬間、俺はきゅっと心臓を掴まれたような感覚に襲われる。
どんな姿なのだろう、と思っていた。
晴乃さんは陽菜乃がそのまま大人になったような容姿だったけれど、さすがに父親がそうなはずがないから。
ゴリゴリのマッチョか。
バチバチのリーマンか。
そんなことを考えていた。
その結果が……。
「ななぁ! なんでお父さんを迎えにきてくれなかったんだぁ!」
リビングに入ってくるなり、こちらにドタドタと走ってきて俺の前……というか、ななちゃんの前に座り込んだ。
「いつも来てくれるじゃあないか! ぱぱー! ぱぱー! って、可愛い天使が降臨するのに今日はいなくてお父さん寂しかったぞ!」
「ごめんなさいねえ、天使じゃなくて」
お父様の発言に陽菜乃が冷たくツッコむ。家族にはそういう接し方もするんだな、とちょっと新鮮な気持ちになっていた。
けど、そんな場合ではない。
「君が志摩君か」
「あ、はい。あのすみません、こんな姿のままで」
髪は短めで、全体的には細身な体。メガネが特徴的な、なんというか、サラリーマンって感じの雰囲気のある男性だった。
「それはあれかな? ななが君を選んだことを自慢しているのかなあァー?」
眉間にしわを寄せて俺にメンチを切ってくるお父様。彼女の父にメンチ切られたときってどうするのが正解なの?
「もぉ、ぱぱじゃまー!」
「パパ邪魔ァあああ!?」
撃ち抜かれたようにショックを受けたらしいお父様は、立ち上がってそのまま後ろによろめき、膝をついてガクリとうなだれた。
「陽菜乃もななも、そんな男のどこかいいんだ。どこがいいって言うんだァァああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「おとうさん、うるさい」
「うるさーい」
俺たちのところにやってきた陽菜乃とななちゃんに言われて、ダメージが限界に達したのかお父様はキッチンにいる晴乃さんのところへ向かった。
「晴乃。娘二人がうるさいだって。反抗期かな?」
「うるさいうるさくないで言えばうるさかったわよ?」
「二人とも僕よりも志摩君を選ぶんだよ。僕の味方は晴乃だけだ」
「あら、私も志摩くんの味方よ?」
「嘘だぁー」
騒がしい家族だな。
賑やかな、というべきか。
うちとは違う家族の在り方が面白くて笑ってしまう。いつの間にか最初に抱いていた緊張は解けていた。
「ごめんね、変なおとうさんで」
「いや、想像してたのと違って助かったよ」
「想像って?」
「……めちゃくちゃ怖い感じの」
今すぐ帰れ、みたいなことを開口一番言われるような展開だって一応覚悟していた。
だから、それとは百八十度違うような人が来て拍子抜けではある。安心したといえばそうなんだけど。
「なな、ちょっとそこから降りて」
「むー」
「ほら、いいから」
「ごめんね、ななちゃん」
「やーだー」
ななちゃんは俺の足の上でくるりと回ってぎゅっと抱き着いてくる。こうなると立ち上がれないな。
「じゃあ、おんぶしてもいい?」
「おんぶ?」
「うん」
「おんぶするー」
ななちゃんは立ち上がってとてとてと背中に周り、首の周りに飛びついてきた。俺はそれを背中に乗せて立ち上がる。
「あの、お父さん」
キッチンで晴乃さんによしよしされているお父様のところへ向かい、改めて挨拶をすることにした。
「君にお父さんと呼ばれる筋合いはないよ」
言いながら、お父様は立ち上がる。
そして、まるで因縁の関係を持つ勇者が魔王に対峙するように俺と向き合ってきた。
「あ、ごめんなさい」
「僕は日向坂和重。日向坂家の大黒柱にして、日向坂家随一の愛され者だ。悪いが志摩君、君に負けるつもりはないよ」
ズビシッと指を差される。
「自分は戦うつもりないんですけど……」
*
日向坂家の本日の夕食はカレーライスだった。
正直言って、家族の食卓に一人でお邪魔するというのは非常に心苦しいことではある。
しかしお呼ばれした以上、帰るわけにもいかず俺は言われるがままに席についた。
俺の隣には陽菜乃。
前には晴乃さん、その隣に和重さん。ななちゃんは晴乃さんの隣のお誕生日席だ。
いただきます、と皆で手を合わせる。
それぞれの前にはカレーライスが置かれており、テーブルの中央には大皿でサラダが用意されていた。
陽菜乃は立ち上がり、サラダを小皿によそってくれた。
「はい、隆之くん」
「ありがとう」
俺がその小皿を受け取ると、和重さんがコホンと咳払いをする。
「陽菜乃、お父さんにも入れてくれるかな?」
「自分で入れたら?」
「晴乃。陽菜乃が冷たいよ。これは本当に反抗期だよ」
「隆之くんとのラブラブな時間を邪魔するからよ」
「なんだとー?」
和重さんに睨まれ、俺はさっと視線を逸らす。俺はどういうリアクションをすればいいんだよ。
「ていうかお父さん、今日はボウリング大会だったんでしょ? いつも晩ご飯食べて帰ってくるじゃない」
「陽菜乃、それはお父さんに帰ってこなくて良かったのにって言っているのかい?」
「別にそういう意味じゃないけど」
「でもそれは私も思ったわよ。初回で負けちゃった?」
「いや、ちゃんと準決まで勝ち残ったよ」
よく分からないけど上手いんだな。
ボウリング大会というだけあって人も大勢集まったのだろうか。だとしたらその中で勝ち残るというのは本当に凄い。
「なら、どうしたの?」
「晴乃が志摩君がご飯を食べて帰ると言うから。その顔を一目拝みにわざわざ帰ってきたんじゃないか」
マジか。
わざわざ俺と会うために帰ってきたのか。けどあんまり歓迎されている感じではないんだけどそこのところどうなんだ。
俺は誤魔化すようにカレーを口に運ぶ。
ピリッと程よい辛さが口の中に広がるが、あとに残るものではなく、どころか口が次の一口を催促してくる。
美味い。
「だいじょうぶだよ。おとうさん、あれで隆之くんのこと結構気に入ってるから」
「本当に?」
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