第294話 ようこそ日向坂家⑤
玄関から入るとすぐに階段がある。
その奥には何かは分からないけど幾つか部屋があった。バスルームとかだろうか。
陽菜乃が階段を上がっていくので俺もそれに続く。
いつもは陽菜乃も制服で、階段で前を歩くなんてことがないので景色が新鮮だった。
俺は自分の頬を思いっきりビンタした。
「ど、どうしたの!?」
バチン、という音に驚いた陽菜乃がこちらを振り返る。
「いや、なんでもない」
「頬赤いよ!?」
「なんでもないから。これくらいされて当たり前だから」
まさか陽菜乃のおしりを見ていたとは言えず、俺は最後まで誤魔化しの姿勢を貫いた。
陽菜乃はわけが分からないまま、諦めて再び階段を上がり始める。
二階に上がるとリビングがあった。
さらに三階に続く階段があったけれど、そこには向かわず陽菜乃はリビングの方へと進んでいく。
リビングに入るとすぐにキッチンがあって、その奥には広い部屋が広がっていた。
テーブルとイスは恐らく食事用だろう。その奥にはソファが置かれていて、大きなテレビもある。
「ここで勉強するの?」
「ううん。勉強はわたしの部屋でしようと思うんだけど」
そうなのか。
陽菜乃の部屋に行くことになるのか。
それはあれだ。
やっぱり緊張するな。
「じゃあ、なんでここに?」
俺が尋ねると、陽菜乃は自分が装着しているエプロンを強調するように胸を張った。そんなことしたらエプロンより胸に意識が持ってかれちゃうでしょうが。
というか、それはもしかして。
「お昼、まだだったでしょ? 簡単なものになるけど、作ろうかなって」
「陽菜乃の手料理……」
手作りのチョコレートを食べたことはある。
けど、しっかり手料理というのは初めての体験だ。
作るのも好きだ、と言っていたことがあるから味とかは問題ないだろうからこれはシンプルに楽しみだぞ。
「隆之くんに初めて振るう手料理だから、ほんとはもっとしっかりしたものが良かったんだけど」
「いやいや、全然なんでも嬉しいって」
ほんと? と不安げな表情を浮かべながら、陽菜乃はキッチンの方へと戻っていく。どうやら料理はまだ途中だったらしい。
「適当に座って待っててね」
と言われたので俺はイスに座って待つことにした。なにをするでもなく、ただぼーっと陽菜乃が料理をするところを眺めていた。
テキパキとキッチン内を動き回る姿を見ていると、料理は得意だと言う彼女の言い分は正しいんだと思わされる。
手際よく料理を進めていく彼女に感心していると、料理はついに最終段階に突入する。
コンロに火を付け、フライパンを振り始める。するとこちらにまでいいにおいが漂ってきた。
ぐう、とお腹が鳴る。
朝にトーストを一枚食べたきりなので普通にお腹が空いている。そこにこんないいにおいを放たれたら俺のお腹は我慢できない。いや、誰だってこうなるよ。
コンロを止め、チャカチャカとお皿に盛り付けた陽菜乃がこちらにお皿を二枚運んでくる。
そこに乗っていたのは。
「チャーハンか」
「あんまり好きじゃなかった?」
「チャーハン嫌いな男子はいないよ。大好きだ」
そう。
チャーハンは好きだ。
自分で作ることだってある。
だからこそ、俺は知っている。
チャーハンという料理の奥深さを。
「そう? なら良かった」
言いながら、陽菜乃はキッチンの方に戻りコップやらスプーンやらを取ってきてくれる。
俺は視線をチャーハンに戻す。
具材を切り、それをご飯と炒めるだけ。言ってしまえばそれだけの料理。簡単で誰にでも作れる料理初心者でも手を出しやすいものだ。
けど、だからこそアレンジの可能性は無限大だ。味付けにこだわるのだってアリだし、キムチチャーハンのようにそもそももう一品と混ぜ合わせるのも一興。
簡単だからこそ作り手の技量が試される。それがチャーハンという料理なのだ。
「それじゃあ食べよっか」
準備を終えて陽菜乃も俺の前に座る。二人手を合わせて「いただきます」と唱え、スプーンを持つ。
ふわりと湯気の立つチャーハンに俺はゆっくりとスプーンを入れる。ほろりと崩れるチャーハンを見て、ごくりと喉を鳴らした。
チャーハンというのはパラパラであることにより美味さが増す。しかし家庭のコンロでは火力に限界があり、どうしてもお店で出てくるようなパラパラチャーハンは作れない。
とはいえ、限度はあれど過程の中で工夫を施せば、ある程度パラパラになるなんて話もあったりする。
「……」
俺は掬ったチャーハンを口の中に入れる。
むぐむぐ、と一口一口噛みしめるように咀嚼し、そしてごくりと飲み込み小さく息を吐く。
「美味い!」
これは美味い。
ご飯はパラパラ。
具材は玉ねぎ、人参、ベーコンとシンプルでそれにマッチするよう味付けがベストな具合に調合されている。
「そう? 良かった」
俺は二口目、三口目と次々に口にいれる。
俺が梨子に言われて作るとりあえずチャーハンとはわけが違うぜ。
『お兄のチャーハンはパラパラ度合いが足りない』
と、毎度ながら文句を垂れる梨子に食べさせてやりたい。
ここで陽菜乃にこのパラパラチャーハンの極意を学び、俺がこのチャーハンに限りなく近いものを作れるようになったら梨子がもっとうるさくなるのでそれは止めておこう。
「ごちそうさまでした」
最後の一粒まで残さず食べ終え、スプーンを置くと陽菜乃がなんだか嬉しそうににこにこしながらこっちを見ていた。
「どうかした?」
なにか変だった?
どこか間違っていた?
不安を抱く俺に陽菜乃は首を横に振った。
「ううん。ただ、作った料理を美味しそうに食べてくれるの嬉しいなあって」
「あ、そ、そう」
改めて言われると恥ずかしくなる。
けど、料理を振る舞ってもらった側としての礼儀はきちんと果たさなければ。
「めちゃくちゃ美味しかった」
俺は素直な感想を口にした。
陽菜乃はそれに満足気に頷く。
「今度はもうちょっと手の込んだ料理を作るから、また食べてね」
こんなに美味しいのならいつだって食べるよ。
なんなら毎日食べたいくらいだ、なんて言葉を躊躇いなく言える日はもう少し先になりそうだ。
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