第292話 ようこそ日向坂家③
俺たちが最初に訪れたのは陽菜乃の家の近くにある図書館だ。ここら辺で一番近い図書館がここだったので、この場所を第一候補とした。
駐輪場に自転車を停めた時点では、案外大丈夫なのでは? という気持ちにさせられた。
というのも、そこそこの自転車は停められていたけど図書館のキャパから考えて座る場所がないほどの利用者がいるとは思えなかったのだ。
しかし。
「……」
「……」
ほぼ満席だった。
自転車よりもそれ以外で訪れた利用者の方が多かったらしい。
ちらほらと席は空いていたけど、二人座るには窮屈だったり、集中できなさそうな場所だったりで、勉強するには厳しい環境だった。
「……次の場所に行こうか」
「……そうだね」
というわけで俺たちは図書館をあとにした。
まだ一つ目がダメだっただけで、候補なら用意している。
問題ない。
まだ慌てる時間じゃない。
「調べたら近くにマクドがあるって出たんだけど」
「あー、うん。あるね」
学生の味方、マクドである。
リーズナブルなメニューによる間食から昼食まで様々な利用が可能な場所で、場合によっては長期滞在もできてしまう。
ただ一つ心配な点は、有名過ぎることだな。
「……」
「……」
わいわいがやがや。
図書館と比べて、圧倒的に騒がしい。
勉強は周りが少し騒がしいくらいがちょうどいい、なんて言う人がいるけれど、それにしては騒がしすぎる。
席が空いていないのでそもそも厳しいけど、仮に席が空いていたとしても避けたほうがいいかもしれない。
「つ、次に行こうか」
「そうだね」
俺と陽菜乃はその場所を去り、次のお店へと向かう。
まだ候補はある。
大丈夫だ心配いらない。
さすがにどれも満席で入れないなんてことはないはずだ。
しかし。
その後も幾つかのお店を回ってみたが、ものの見事にどのお店も満員御礼。そのほとんどが勉強に勤しむ学生だった。
梨子の言っていたとおり、どこの学校も今年最後のテストが行われようとしているらしい。
楽しいクリスマスや年末年始を過ごすためにも今回の期末テストは悪い点数を取れない。
だから、より一層真面目に勉強するんだろうな。
「どこもいっぱいだねー」
「考えることは一緒か」
中には一人の利用者もいたけど、多くは二人以上での利用だった。時間的にどこまでの差があったんだろう。あと三十分早ければ俺たちの方が早かったのかもしれないな。
そんなたらればを考えたところで、現状の打破には繋がらないんだけど。
俺と陽菜乃はとりあえずスタート地点である日向坂家の最寄り駅に戻ってきた。
「この辺の候補は全部ダメだったな」
ここから離れればまだ店はあるだろうけど、移動に時間がかかってしまい勉強の時間が短くなってしまう。
そもそも、時間をかけて向かったところで空いている保証はない。それで結局入れませんでしたとなるといよいよ心も折れる。
「そうだねー」
こうして場所を探す時間が増えれば増えるほど本来勉強に当てるはずだった時間が失われていく。
「ここは大人しく解散しておくか?」
「それはダメ!」
俺が苦渋の決断を下そうとすると、陽菜乃が食い気味に否定してきた。その勢いに俺は圧倒される。
「で、でも場所がないし」
「……まだ、あるよ」
眉をつり上げ、真面目な表情を作った陽菜乃は俺の顔をじっと見てくる。
そんな場合ではないのだろうけど、可愛い彼女に見つめられればどきどきするし照れてしまう。
「どこ?」
そんなものがあるのならさっさと提案してくださいな、と俺が首を傾げてみると陽菜乃の視線がぐぐぐと動く。
その視線の先に何があるのか、俺は振り返って確認することにした。
しかしそこには何もない。
何もないというか、それっぽい場所が見当たらない。
俺が正解発表を待っていると、陽菜乃は躊躇うようにきゅっと唇を結んでいたが、意を決して口を開く。
「わたしの家」
「はえ?」
*
『うーん』
隆之くんから連絡があったのは少し前のこと。
リビングでスマホを触りながらダラダラしていたわたしは思わず唸ってしまう。
『なに唸ってるの? また志摩くん?』
お母さんが湯呑みに入ったお茶をずずずと飲みながら訊いてくる。お母さんは食後は湯呑みでお茶を飲むというよく分からないこだわりを持っているのだ。
『そんな毎回隆之くんのことで悩んでませんー』
『悩んでますー。分かりやすく悩んでるときは大抵志摩くん絡みですー』
むう。
そんなことないのに。
いや、もしかして、そんなことあるのかな?
『それで?』
ああだこうだと言ってくるけれど、お母さんは毎回ちゃんと相談に乗ってくれる。
これでからかってくることがなければ相談するのにもってこいな人なんだけどなあ。
『明日、隆之くんとお勉強することになったんだけど』
『ほら、やっぱり志摩くん絡み』
『ちがうってば!』
話聞かないならもういいよ、とわたしが分かりやすく拗ねてみると、お母さんは慌てて謝ってくる。
こうでもしておかないと、話が進まないんだから。
『これくらいの時期ってどこも勉強する人でいっぱいなのかなって思って』
わたしもそこまで考えていなかった。
わざわざ休みの日に外で誰かと集まって勉強をすることはなかったから、考えが至らなかったのだ。
梓と勉強することはあったけど、あれは教室だったり図書室だったり、せいぜい学校の近くの喫茶店だ。それも平日の話だけど。
『多いんじゃないの? 今の時期なんてどの学校もテスト前でしょ』
『だよねー』
やだなあ。
隆之くんのことだから、どこもいっぱいだったら『いっぱいだし今日は解散にするか?』とか言ってくるんだろうなあ。
その提案はテスト前の学生としては正解だけど、彼女を前にした彼氏の発言としては減点対象だよ。
『うちに呼べばいいじゃない』
『うちに?』
何でもないようにお母さんは解決策を提案してきた。たしかにそれが一番手っ取り早いとは思うけれど。
隆之くん、絶対遠慮するよね。
『お父さんはボウリング大会でしょ? ななは私と昼からお出掛けするから、昼間は誰もいないわよ? それなら志摩くんも気を遣わないでしょ?』
そんなことはないと思うけど。
家族が出掛けている、と言えば少しは前向きになってくれるかも。
『呼んでもいいの?』
『もちろん。志摩くんも陽菜乃も信用してるから。まあ、もし可能なら私も志摩くんとお話したいけどー?』
『今回は勉強が目的だから!』
わたしがダメと否定すると、お母さんは子どものように唇を尖らせる。どうしてお母さんはここまで隆之くんと話したがるんだろう。
余計なことを話さないか心配だから、できることなら二人にはしたくないな。
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