第291話 ようこそ日向坂家②
「ねえ、お兄」
陽菜乃と勉強をすることが決まったとはいえ、家での勉強時間が減るわけではないのでノートを広げて勉強に勤しんでいると、相変わらずノックなしに梨子が部屋に突入してきた。
「ノックしろって何回言えば分かるんだ?」
「ノックされないと困るようなやましいことしてるわけ?」
「俺はお前に言われることをそのまま返してるだけなんだけど」
何度言っても改善されない。
俺が同じことをすればとにかく怒る。
うちの妹はいつまでも理不尽で我儘な女王様だ。
「なんか用か?」
用事もなく俺の部屋に訪れるような奴ではない……こともないけど、まあ何かしら用事はあるだろうと決めつけて尋ねる。
「ちょっと分からないところがあるの」
言って、梨子は問題集を見せてくる。
梨子が鳴木高校を受験すると聞いたのは先月のこと。驚きこそしたが、できる限りの協力をしようとも思った。
もともと要領は良いし、勉強もできるので俺なんかよりよっぽど問題なく合格するだろう。
それでも当日までに少しでも不安を解消したいという気持ちで日々勉強を頑張っている梨子である。
受験まであと三ヶ月くらいだろうか。まだそれだけあるようにも感じるけど、受験生にとってのその程度の期間はあっという間に過ぎていく。
それは受験までのカウントダウンがそうさせるというよりは、同時に進んでいる卒業までの残り時間がそう感じさせるのだ。
俺は卒業に対してそこまで悲しみとかなかったけど、梨子はどうなんだろうな。こいつ学校楽しいと思ってるのかな。
「勉強してたの?」
俺が勉強机に向かっていることに気づいた梨子が手元を覗き込みながら訊いてきた。
「まあな。ただ、そろそろ休憩しようと思ってたから別にいいぞ」
「それだと休憩にならないんじゃないの?」
「気にするな。それで?」
促すと梨子は問題集を広げて幾つかの質問をしてきた。
数年前に通過した問題だから解けて当然ではあるんだけど、実際に教え終わると教えられたことにホッとした。
教わっている間の梨子は普段あまり見せない真剣な横顔だった。誰もがこれくらいのことはしてるんだろうけど、梨子の頑張りがちゃんと報われればいいなと思った。
「ありがと。助かったよ」
「ああ。なんか分からなかったらいつでも聞いてこいよ」
「うん」
小さく返事をした梨子は部屋を出て行こうとしたが、何を見つけたのかピタリと足を止めた。
え、俺の部屋なんも変なことないよな?
と、不安を抱いていると梨子はその場にしゃがみ込み、俺のカバンについているバーニーのキーホルダーに触れた。
「お兄、こんなの持ってたっけ?」
「貰ったんだよ」
「誰に? いや、訊くまでもないか」
「プレゼントくらいなら別に誰からでも貰うと思うけど?」
俺がそう言うと、梨子はやれやれとでも言うように分かりやすく溜息をついて立ち上がる。
「お兄、こんなキーホルダー絶対つけないもん。でもこうしてつけてるってことは陽菜乃さんにお願いされたからとしか思えない」
「そこまで察するか」
「何年、お兄の妹してると思ってるの」
なぜか梨子は誇らしげだった。
俺の妹であることのどこに誇れる部分があるんだろうという疑問は置いておくことにしよう。自分が悲しくなるだけだから。
「陽菜乃さんと一緒に勉強とかしないの?」
「一応、明日がその予定だ」
「もしかして陽菜乃さん、うちに来たりする!?」
途端に瞳をきらきらさせる梨子だが、俺が「そんなわけあるか」と否定すると一気に盛り下がる。
「図書館とかでって話になってる」
「空いてればいいけどね」
「どういう意味?」
「まんまの意味。この時期の図書館って混むよ? どの学校もテスト前だろうから」
確かに。
そのことは考えていなかったな。
図書館以外に勉強できる場所といったら喫茶店とかか? でもそういうとこも休みの日は混んでるよな。
「どこかあるかな」
彼氏として、代替案は用意しておかないとな。
「うちがあるじゃん」
「うちは嫌だ」
「どうして?」
「家族がいるから」
明日は梨子だけでなく、両親までもが家にいる日だ。そんな日に彼女を連れてこようものなら大騒ぎになる。
ていうか、俺はまだ彼女ができたことを親に話していない。
流れというか、これまで相談とかしたから梨子には話したけど、そもそもわざわざ家族に話すことでもないし。
「気にしないのに」
「俺が気にするんだよ」
しかし。
そうか。
勉強する場所を確保するところから始めなければいけないのか。人と勉強をするというのは大変なんだな。
*
梨子とそんな話をした翌日。
俺は自転車で陽菜乃の家の方に向かっていた。
わざわざ勉強するためだけに遠くに行くのはバカバカしいという考えから適当に近所で探すことにした。
栄えていない地元ならばそこまで人も多くないだろうし。
まあ、その分お店も限られてはいるんだけど。
陽菜乃の家の最寄り駅集合ということになっており、そこから周辺のお店を探そうというのが本日のプラン。
図書館に行き、そこがダメなら喫茶店やサイゼといったお店という第二候補を用意している。カラオケなんかも一応調べはしたけどさすがに厳しいだろうな。
到着したところで陽菜乃の姿は見当たらず、いつものように少し待っていると姿が見えた。
「おまたせー」
ピンク色のママチャリに乗って陽菜乃が登場する。黒のロングスカートに上はキャメル色のコート。髪はハーフアップに纏めていた。いつもいつも休日に顔を合わせると新鮮な可愛さを提供してくれる彼女に敬礼。
「俺もさっき来たとこだから」
「はいはい」
今回は本当なんだけど。
全然信じてくれていない。
まあいいけど。
「それじゃあ行こうか」
「うん」
こうして、俺たちの勉強会は勉強会を開く場所を探すところからスタートすることになった。
普通に図書館が空いていればそこで終わりなんだけどな。
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