第289話 お揃いの


 いろんなことがあった土曜日を終えた月曜日のこと。

 俺は駅前で陽菜乃のことを待っていた。


 というのも。


『ごめんなさぁい』


 土曜日の帰宅後、早々に陽菜乃から電話があってどうしたのかと出てみると開口一番そんなことを言われた。


『な、なんだ。どうした?』


『プレゼント渡すの忘れてたぁ!』


『あー』


 陽菜乃が元カレと遭遇し、一方その頃俺は榎坂と財津に遭遇したあの日、そもそも始まりは陽菜乃が俺への誕生日プレゼントを買うというものだった。


 いろいろありすぎて、そんなこと頭から抜け落ちてしまっていたのだ。


『明日はどうしても外せない予定があって会えないから、月曜日に渡してもいい?』


『俺は全然それで構わないけど』


『じゃあ駅前に集合ね? 少しでも早く渡したいから!』


『了解』


 そんな感じのやり取りがあった。

 

 そんなわけで今に至る。

 例によって少し早めの時間に到着するように家を出たので陽菜乃の姿はまだ見えない。


 電車の到着時間を見るとあと十分はあったので俺は近くにあった自販機でホットカフェラテを買うことにした。


 プルタブを開けて一口。

 温かいカフェラテが体内に温度を取り戻してくれているような気がした。


 誕生日を家族以外に祝ってもらったことは一度もない。

 家族は毎年ちゃんと祝ってくれるんだけど、俺としてはそろそろそういうのも恥ずかしい年頃だ。


 しかし。

 

 梨子が張り切ってケーキ作るんだよなあ。


「……はふう」


 白い息を吐きながら、広がる青空を見上げる。こんなにいい天気なのに気温はしっかり低いのだから、もうしっかり冬だなと思えた。


 俺が言っていれば、彼女と過ごす誕生日だったわけだ。そう考えると言っても良かったかな。でも俺から『俺、もうすぐ誕生日なんだよ』はやっぱり違うよな。


 これは仕方ないことだ。

 来年リベンジするとしよう。


 などと考えていると、気づけば時間が経っていたようで改札の方から陽菜乃がてててとこちらに駆け寄ってきていた。


「待たせちゃった?」


「いや、今来たとこだよ」


「絶対うそじゃん」


「いやいや」


「今来た人が缶コーヒー飲むとは思えないもん」


「あ」


 しまった。

 そこまで考えてなかった。


 確かにそうだ。

 この空になったカフェラテの缶がそれを物語ってしまっている。俺は証拠隠滅と缶をゴミ箱に入れてしまう。


「まあまあ。好きで待ってるから」   


「こんな寒い中待たれるのはちょっと困るなあ」


 俺としては気にしないけど、心配するし罪悪感もあるか。気をつけようとは思っているんだけど、ついつい出てしまうんだよな。


 俺のこの癖が治る日は来るのだろうか。


「それで?」


 こんな話をいつまでも続けることに意味はないので、俺はさっさと話を変えることにした。


 俺が言うと、陽菜乃はそうだった! とカバンの中をガサゴソと漁る。


 取り出したのは可愛くラッピングされた小さな箱だ。それだけでは中身がなんなのかは予想できない。


「あんまり高価なものだと気を遣うかなと思って、とりあえずオーソドックスな感じのものにしました」


「そうなんだ」


 陽菜乃はプレゼントをこちらに向けて、「誕生日おめでとう、隆之くん」と一言添えてくれる。


 俺は「ありがとう」と言いながら、そのプレゼントを受け取った。


「開けてもいい?」


「もちろん」


 せっかく貰ったもののラッピングを雑に開けるのは気が引け、俺は丁寧に破れないようにラッピングを剥がしていく。


 ラッピングのテープってなんでこんなに剥がしにくいんだろう。


 爪でカリカリと剥がしにかかるが、寒さもあって中々上手くいかない。


 難航している俺を見た陽菜乃がしびれを切らしたのか、「ちょっと貸して」と言って俺の手から箱を取り、そしてビリビリとラッピングを破ってしまう。


 うわあ。

 陽菜乃さんってば大胆。


「はい、どうぞ」


 俺は陽菜乃から正方形の箱を受け取る。


 こういう形でプレゼントを貰うことってあんまりなかったけど、リアクションってちょっと大袈裟くらいの方がいいのかな。


 大袈裟なのはわざとらしくて良くないかもしれないけど、ノーリアクションなのもそれはそれで良くないよな。


 難しいところだ。


 そんなことを考えながら俺は箱を開いた。


「これは」


 中に入っていたのはうさぎのキャラクターのキーホルダーだ。緑の毛をしたポップな感じのキャラクター。

 なんだっけ、これ。

 どこかで見たことあるけど名前が出てこない。


「バーニーだよ。知らない?」


「バーニー……」


「ちなみにこれはバーミーだよ」


 言いながら、陽菜乃が自分のスクールバッグについているうさぎのキーホルダーを見せてくる。

 緑の毛をしたバーニーと違い、そのバーミーとやらは桃色の毛をしていた。


「バーミーはね、バーニーのガールフレンドなんだよ」


「そうなんだ」


 へえーという声を漏らしながら俺は改めてバーニーのキーホルダーを眺める。


 あれ。


 ちょっと待って。


「もしかして、これとそれって」


「うん。お揃いなの」


 にこっと笑いながら、陽菜乃はバーミーのキーホルダーを撫でた。


「だから、隆之くんもカバンにつけてくれたら嬉しいなあって思ってるんだけど」


「いや、さすがにそれは」


 女子はカバンにジャラジャラつけたりしてるけど、男子はあんまりそういうことはしない。ましてそれがキャラクターものだとより一層だ。


 絶対にみんなに笑われてしまう。


 できればそれは避けたいところなんだけどな、と思いながら陽菜乃の反応を確認する。


「……だめ?」


 瞳をうるうると揺らして上目遣いを向けてくる陽菜乃。そういう頼み方をしたら俺は断れないと思っているらしい。


 いくら陽菜乃のお願いだからといって、こんな可愛いキャラクターのキーホルダーをカバンにつけるのは恥ずかしい。無理だ。


 俺はイエス・ノーをハッキリと言える男になりたい。


 恋人同士でも主張すべき部分は主張し合うべきだ。


「わたし、隆之くんとお揃いにしたいなぁ」


「いや、でもさ」



 *



 駅前でゆっくりし過ぎた結果、教室に到着したのは始業ギリギリだった。

 担任はまだ来ていないが、クラスメイトはほとんどが登校を済ましていた。


「おはよ、志摩」


 自分の机へ向かう途中、秋名が挨拶をしてきたので「おはよう」と返しておく。


 秋名は俺の顔からスッと視線を下に落として、にんまりと笑いながら再び俺の顔を見てきた。

 

「ずいぶん可愛いキーホルダーつけてるね?」


「察してるなら触れてくれるなよ」


「それは無理でしょ」


 ですよね。

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