第284話 わたしの彼氏⑧
「休日に見たくねェ顔見ちまった」
「そんな露骨に嫌な顔しなくても」
うげ、とあからさまに表情を作る財津に俺は肩を落とした。
そんなことを言いながらも財津は支えていた榎坂に意識を戻し、彼女を支えていた手を放す。
「悪かったな」
「いや、こちらこそ。前を見て歩いてなかったわ」
榎坂は淡々と言ってスタスタと俺の方に早足で戻ってきた。
「なによあのイケメン。志摩の友達?」
「今のやり取り見て友達に見えた?」
「ギリ」
友達判定甘いなあ。
友達だったら今もそうだけどあんなに鬱陶しそうな顔でこっちを見ないよ。
「大丈夫そうだし、もう行くわ」
榎坂の様子を見届けた財津は出口の方に向かって歩き出す。本屋に用事があったんじゃなかったのか?
まあ、わざわざ立ち止まって話すこともないからいいんだけどさ。
「ちょっと志摩! 呼び止めて!」
ひそひそと俺の耳元で榎坂が囁いた。
「は?」
「早く! あのイケメンと私を繋ぎなさい!」
「へ?」
「早くしろのろまァ!」
暴言を吐きながら俺のおしりの辺りを蹴ってくる。そのせいでよろめいた俺は財津の背中にぶつかってしまう。
これは逆効果だよ。
「はァ?」
眉間にしわを寄せながら、威嚇なんてレベルじゃない迫力で財津は俺を睨んできた。
「あの、その、えっと」
なんも出てこない。
財津の迫力に頭の中が真っ白になってしまった。
「ンだよ?」
「あいつが助けてくれたお礼がしたいらしくて……」
榎坂を指差しながら言うと、財津は「はあ?」と口にはせずに顔だけを作って榎坂の方を見た。
俺もそれに倣って榎坂を見ると、平然を装いながら澄ました顔で立っていた。
財津に見られていることに気づいた榎坂はこほんと咳払いをする。
「別にいいよ。お礼されるようなことはしてねェし」
「そこをなんとか」
このまま財津を返すと確実に榎坂に蹴られる。しかし俺としては財津をここに滞在させることも辛い。
どちらに向かっても地獄だ。
陽菜乃を待つ間の暇つぶしだったのに。
なんでこんなことになってるんだよ。
「……気色悪い。分かったから離れろ」
「まじで?」
「次の予定までの暇つぶしだ」
それで本屋に寄ったのか。
みんな考えることは一緒なんだな。本屋って暇人の頼もしい味方じゃん。
*
梓との電話を終えたわたしは早速お目当てのものを探しに向かう。三つくらい回ったところでようやくそれっぽいものが見つかった。
値段もお手頃でちょうどいい。
プレゼント用のラッピングをお願いして待つこと五分。可愛く包まれたプレゼントを持って、わたしはお店を出た。
「……隆之くん、結構待たせちゃったかな」
時計を見ると三十分は軽く超えていた。そんなに悩んでいたつもりはなかったけれど、想像以上に時間は経っていたらしい。
とりあえずラインを入れて合流しようかな。
そう思ってスマホをカバンから出した、まさにそのときだった。
わたしが今、最も恐れていたことが起こってしまった。
「日向坂?」
名前を呼ばれる。
聞き覚えのある、けれど最近は聞くことのなかった、聞きたくなかった声。
「……あ、えっと」
そこにいたのは一人の男の子。
わたしが知っている彼は黒髪だったけれど、そこにいる彼は髪を金色に染めていた。
けど、顔はそのまま。
どちらかというと細身でジーンズに黒のスタジャンを羽織っている。腰の辺りにはちらっと見えるウォレットチェーン。
地味だったわけではないけれど、ここまで思い切ったイメチェンは高校デビューなのかなと思ってしまう。
「やっぱり日向坂だ。久しぶりじゃん」
「越野くん……」
越野英輔くん。
わたしの中学時代の同級生で。
元、彼氏。
*
「財津くんと志摩はどういう関係なの?」
最初はカフェかどこかでゆっくりと、というつもりだったそうだけど財津にそこまでの時間がなかったのでフードコートでクレープを奢ることにしたらしい。
自分の分と財津の分を買って戻ってきた。別に期待はしてなかったけど俺のもあってよくないか?
そんな気持ちで見ていたところ、考えを読まれたのか『こんなところで食べるくらいなら日向坂さんと食べなさい』と言われた。ご尤もだった。
あとその榎坂の発言に対して『お前陽菜乃と付き合ったのかよ』みたいな目で財津に見られた。
「どういう関係、ねェ」
言いながら、財津は俺の方を見てくる。というか、これはもはや睨んでいると言ってもいい。
「ただのクラスメイトだよ」
「その割には仲良さげね?」
眼科行け。
「どこがだよ」
「んー? なんか、本音で話してる感じとか?」
まあ、少なくとも俺には本音で話していたな。最初からそうだった。けどそれは気を許していたというわけではなくて、ただ仲良くなる気がなかっただけで。
敵意の現れだっただけで。
やっぱり俺と財津は仲良くなんてない。
「別に仲良くなんてねえよ。気を遣う必要すらないってだけ。そっちこそ、二人はどういう関係なんだよ? こいつに、榎坂さんみたいな可愛い女の子の知り合いがいるとは驚きだ」
「か、可愛いだなんてそんな」
榎坂は頬を染めてきゃーと両手を両頬に添えた。
中学のときからこういうリアクションはあったけど、榎坂のこういう仕草は素なのだろうか。それともこれも演技か?
もう分からん。
「俺と榎坂は中学時代のクラスメイトってだけだよ」
「その割には仲良さげじゃん」
眼科行けよ。
「それはないわ。ただのクラスメイトよ。ただ、ちょっといろいろあっただけ」
「元カノか?」
「「違う!!」」
俺と榎坂の否定が重なり、それがおかしかったのか財津がくすりと笑った。
「事実だけれど、志摩にそこまで否定されるのは不愉快だわ」
「そんなこと言われても」
「勘違いした志摩が無謀にも私に告白してきたのよ。もちろん断ったけれどね」
「勘違いさせるようなことを意図的にしてきたのはそっちだろ」
「ちょっと、それあんまり言わないでくれる?」
そっちが言い出したんだろ。
しかし、そんなことを言ってくるということは、やはり少しでも悪いとは思ってるということか。
「やっぱり仲良いじゃん」
「良くないわよ。こんな男より、財津くんの方が全然好みだもの」
「そりゃ光栄だ」
ハッと笑って財津はそんなことを言う。
「恋人は?」
「いねえよ。振られちまったからな」
俺を見るなよ。
あれはそっちが悪いじゃん。俺別になにもしてなかったじゃん。
「榎坂さんは彼氏いそうだな」
「それはビッチっぽいっていう意味?」
「可愛いっていう意味」
「……」
榎坂は乙女のように照れて黙り込む。
あんまりこういう押され方はされてこなかったのか、中々新鮮なリアクションだった。
これまではモテなさそうな男にちょっかいをかけて勘違いさせて、告白をさせるということしかしてこなかったから。
財津は中身はともかく容姿はイケメンだからな。そういう男にこういうこと言われるのは不慣れなのかも。
これは割と面白い。
「残念ながらいないわ。私も、最近振られた……というか、玉砕したから」
言いながら、榎坂は俺を見る。
それに関しても俺は関係ないだろ。なんで俺が悪いみたいな感じで睨んでくるんだよ。
「なんか複雑な感じ?」
「説明するには、今の時間では少しね」
「じゃあ連絡先交換しようぜ。また今度ゆっくり話そうよ」
「ええ。もちろん」
シュポシュポピコン、と二人は慣れた手つきでスマホを触る。
俺もう行ってもいいかな……。
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