第283話 わたしの彼氏⑦
白のコートに身を包む長い髪の女の子。ツリ目気味な目元を見ると、今でも一瞬体は強張ってしまう。眼力が凄いのだ。
「なんであんたがこんなとこにいるのよ?」
榎坂絵梨花はうんざりした表情でそんなことを言った。
「なんでって言われても……。ちょっと雑誌を見に」
俺がなんちゃらウォーカーの方に視線を向けると榎坂もそっちを見る。ああなるほどと何かに納得した彼女は手にしていた雑誌を閉じて置いた。
「可愛い彼女とクリスマスにどこに行こうか悩んでいたのかしら?」
「俺、そんなに分かりやすいか?」
「想像はつくってだけよ。否定しないってことは、修学旅行でちゃんと告白したんだ?」
榎坂の言葉に俺はこくりと頷いた。
一応あのとき陽菜乃を助けてくれたし、ここで誤魔化したりするのは違うだろう。
「はー、生意気。あの志摩が彼女持ちなんて。しかも、あんなに可愛い女の子」
「俺はその発言にどんなリアクションを取ればいいんだよ」
「知らないわよ。そんなの自分で考えなさい」
素っ気ない態度なのは間違いないけれど、しかし彼女がまとう雰囲気は確実に柔らかくなっていた。
以前までならば、悪態とか挑発的な発言を言うだけ言って立ち去っていただろうから。
こうして会話に応じてくれているだけでも随分変わったものだと感心してしまう。
「一人か?」
いつもギャル二人くらいをバックに立たせていたイメージだから、一人で本屋にいる姿はどうにも違和感を覚えた。
「悪い? 私だって一人でいることくらいあるわよ」
「そりゃそうだ」
「そっちこそ。彼女は?」
「えっと、いろいろあって」
隠すことでもないし、会話に応じてくれているので俺は陽菜乃と離れた経緯を説明した。
すると榎坂は盛大に溜息をつく。
なんでだよ。
「志摩に惚気けられる日がくるなんて。屈辱だわ」
「お前も彼氏作ったらいいだろ。見た目は良いんだから、その気になればすぐにできるんじゃないのか?」
「……校内ではもう無理ね」
そう言って、榎坂は自嘲するように笑った。
それ以上のことは言わなかったけれど、何となくは察することができる。
つまりは榎坂が沢渡くんを弄んだことが校内で広まったのだろう。だから、そんな彼女に惹かれる男はいないと。
「ま、校外で見つければいいだけなんだけど。ただ、樋渡くんくらいイケメンじゃないと私は響かないわ」
面食いだなあ。
この言い方的に樋渡のことはもう踏ん切りをつけている感じだろうか。
あんなことがあったから、仕方ないといえば仕方ないけど。
改心してるし、今からならまた新しく始められるかもしれない。だけど、榎坂の方にもうそのつもりがないように見える。
まあ、気まずいか。
「そろそろ行くわ。二人でいるところを日向坂さんに見られでもしたら大変だもの」
「大変?」
俺が訊くと、榎坂は眉をひそめた。信じられないものを見たような顔をしている。
「彼氏が他の女と二人でいて、彼女は良い気分なはずないでしょ。あんたバカなの?」
「……確かに」
陽菜乃は俺に必ずそのことを伝えてくれていた。
榎坂は陽菜乃との面識があるから別に気にしていなかったけど、そういうものなのか。
「もしかして、他にもやってるんじゃないでしょうね?」
「……ちなみに、その、俺と陽菜乃の共通の友達とかは?」
「もちろんアウトよ」
「マジか」
これからは意識しないと。
付き合うって大変なんだな。いろんなことを気をつける必要がある。
「というわけだから、私はもう行くわ」
「ああ。じゃあ、また?」
こういうとき、なんて言えばいいのな分からないな。
俺と榎坂は友達じゃないし。
でも何も言わないのも変だ。
そう思っていると、榎坂はくすりとおかしそうに笑う。
「冗談でしょ。またなんてごめんよ」
くるりと前を向いて歩き出した榎坂だったが。
どんっと、前にいた人にぶつかった。
「きゃっ」
「おっと」
その反動で榎坂が後ろに倒れそうになったけど、ぶつかった男の人が咄嗟に手を出して榎坂を支えた。
見事だ。
あんなことを咄嗟に出来てしまえる力を身に着けたいものだ、と俺は心の中で拍手をする。
「大丈夫か?」
「え、ええ。ありがとう」
まるで漫画のワンシーンを見ているような気分になる。一体どこのどんなイケメンだろうかと男の方の顔を見てみた。
「はえ?」
「あァ?」
そこにあったのは知ってる顔で。
多分、俺の顔なんて見たくないと思ってるやつで。
その証拠にすげえ嫌そうな顔してる。
つまりそこにいたのは。
鳴木高校二年の、財津翔真というイケメンだった。
*
『どしたの? 今は志摩とのラブラブデートの真っ只中でしょ?』
再び一人になったわたしはお店を回りながら、相談に乗ってもらおうと梓に電話をかけた。
「えっとね、実はその」
かくかくしかじか、とわたしは梓に事の経緯を説明する。ふむふむと最後まで聞いてくれた梓は『なるほどねえ』と短く呟く。
『私の意見は必要なくない? 陽菜乃の選んだものなら何でも喜ぶでしょ志摩は』
「そうかもしれないけど、どうせならすごく喜んでほしいから」
『それで私を頼るの? 言っとくけど、私は男にプレゼントを送ったことなんてないよ?』
「そうなんだけどぉ。他に頼れる人がいないんだもん」
わたしが泣きつくと、梓は電話の向こう側で『仕方ないなあ』と溜息混じりに吐いてくれた。
『陽菜乃はなにか思いついたの?』
わたしは空いていたベンチに腰を下ろす。幸い、周りには人がいなくて、電話をしていても迷惑にはならなさそう。
「うーん。食べものっていうよりは、なにか形のあるものがいいんだよね」
気づけば足をぷらぷら動かしていた。わたしはその足を止める。
『まあ、彼氏だしね。あんまり高価なものだと志摩が引いちゃうだろうから、その辺は気をつけなよ?』
「うん。隆之くんってなにが欲しいんだろ」
『志摩は物欲なさそうだからね。なんかペアのぬいぐるみとかの片方渡して、「わたしとお揃いだよ♡」とか言ってあげたら喜ぶんじゃない?』
「……」
お揃い、か。
それめちゃくちゃいいなぁ。
キーホルダーとか、なんならペアルックの服とか。そういうのって誕生日プレゼントに贈るものなのかな。クリスマスプレゼントとかの方がいい? いや、どっちでも一緒かな。
『陽菜乃?』
「それすごくいい!」
高くなり過ぎないし、遠慮するほどのものではない。それでいて気持ちもこもっているし、なによりペアっていうのがいい。
『そ、そう……。お役に立てたなら良かったよ』
「そういう感じのものを探してみるね」
『そうしなさい。それじゃあね』
「あ、ちょっと待って」
電話を切ろうとした梓を慌てて止める。
間に合ってくれたようで、梓は『どうしたの?』と言ってくれる。わたしの声が焦っているように聞こえたのか、梓の声色は心配してくれているようなものだった。
「あと一つだけきいてもいい?」
『いいよ』
こくり、と喉を鳴らす。
こんなこと梓にきいても意味はないのに。ついつい口にしてしまう。
「わたしってほら、中学のときに一度だけ付き合ってたでしょ?」
『そんな話もあったね』
「もしね、それを隆之くんがね、その」
上手く言葉にできない。
そうじゃなくて、多分言葉にするのが怖い。
もしも聞きたくない言葉を言われてしまったら、と考えるとどうしても躊躇ってしまう。
けれど。
言い淀んでいたわたしの言葉を待たずに梓が言葉を発した。
『志摩は気にしないと思うよ』
それも。
わたしが欲しい言葉をちゃんとくれる。
「でも」
『陽菜乃はもし逆の立場なら気になる? 例えばほら、なんだっけ、志摩の昔の』
「絵梨花ちゃん?」
『分かんないけど、その子と付き合ってたとしたら気にするの?』
「んーん。だって、大事なのは
『でしょ? だから、大丈夫』
「でもそれはわたしの考えだし」
わたしがそう言うと、梓は電話の向こうでくすくすと笑った。なにがそんなにおかしいんだろう、とわたしは梓の言葉を待つ。
『大丈夫だよ。志摩と陽菜乃は似た者同士だから。きっと同じようなことを思うんじゃないかな』
「……そ、そう? わたしと隆之くんって似た者同士なの?」
そうなのかな? とわたしが確認すると梓は『そうだよ?』とさも当然とでも言うように答えた。
『ぐだぐた悩んで告白しないとことかそっくりだったじゃん』
「……」
ああ、もう。
そういうこと言う。
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