第282話 わたしの彼氏⑥
『なんでだよ!?』
隆之くんと別れたあと、わたし、日向坂陽菜乃は一人でいいお店がないか右へ左へ視線を動かしながら歩いていたのだけれど、ふと昔のことを思い出していた。
あれは中学三年生のときにできた彼氏に別れを告げたときのことだ。
それまでにそういう雰囲気があったわけでもなく、突然わたしがそんな話を切り出したものだから彼は相当に驚き、動揺していた。
『えっと、その』
放課後の教室。
彼が友達と話しているのをたまたま聞いてしまって、その内容にわたしの中の気持ちがなくなってしまった。
けれど、そんなことは言えなくて、わたしは言い淀んでしまった。
『理由を教えてくれないと分かんねえよ。他に好きな人ができたのか?』
『そうじゃないよ』
『オレと別れろって誰かに脅されたのか?』
『ううん』
かぶりを振ったわたしに、彼は溜息をつく。眉間にしわが寄って、明らかに苛立っているのが分かった。
なんだか、わたしの知っている彼ではないように思えて怖くなった。
放課後の教室で彼の知らない一面を見たときもそうだったけれど、いつもわたしが見ている彼はただの一面でしかないんだなって思わされる。
『じゃあなに?』
タンタンタン、と足で地面を叩く音に、わたしは思わず視線を逸らす。
『べ、勉強に集中したいから……』
結局。
そんなことしか言えなくて。
そんなわたしに呆れてか、彼は諦めてくれた。それから校内でわたしたちが会話をすることはなく、卒業して会うこともなくなった。
だから。
わたしにとってそれは過去で。
終わったことで。
今さらどうこう思うことはないのだけれど。
隆之くんにはお話できてない。
隆之くんは一度だけ人を好きになったと言っていた。その相手は絵梨花ちゃんで、そのときは上手くいかなかったらしいから隆之くんは過去に恋人ができたことは一度もない。
もしかしたら、わたしもそうだと思われているかも。
過去は過去。
大事なのは
そうなんだけど、その話をしたときに隆之くんにどう思われるのか、考えると怖くなって言い出せない。
わざわざ言うことでもないのかな、と自分に言い聞かせて必死に後ろめたさを誤魔化している。
なんだか隠し事をしているみたいで嫌だった。
「あれ、陽菜乃ちゃん?」
ふらふらと歩くわたしの名前を呼ぶ声がして、そっちの方を振り返る。
女の子が二人。
見覚えのある顔を、わたしは記憶の中から探し出す。
「彩女ちゃんと、綾乃ちゃん?」
「えー、うそ、こんなとこで会うなんて奇遇ー!」
中学のときのお友達だった。
短い髪のボーイッシュな雰囲気の子が彩女ちゃん。髪が長くておしゃれできらきらしていて、いかにも女子って感じの子が綾乃ちゃん。
名前が似ていて、よく一緒にいた二人は高校生になった今でも仲良くしているようだ。
「陽菜は一人なの?」
彩女ちゃんがきょろきょろと周りを見ながら尋ねてくる。わたしはそれにかぶりを振った。
「ううん。もう一人いるよ。今は一人なんだけど」
「彼氏?」
遠慮のない彩女ちゃんの質問に、わたしは一瞬躊躇ったけれど、こくりと頷いてみせた。
すると二人はキャーと楽しそうに騒いだ。目をきらきらさせて、ぐいと前のめりになる。
「イケメン? イケメンなの? イケメンだよね?」
「う、うん……どうなんだろ」
わたしとしては隆之くんは世界一格好いい男の子だと思っているけれど、それが世間に置ける評価かと言われたらそんなことはないと思う。
というか、それだと困る。
隆之くんがモテちゃうから。
「いいなぁ、彼氏」
「綾乃ちゃんはいないの?」
思い返すと中学のときは綾乃ちゃん彼氏いたような気がする。取っ替え引っ替えっていうわけじゃないけれど、彼氏がいなかったときはなかったくらいにはモテていた。
「今はね」
「浮気がバレたんだよね」
「浮気じゃないやい。ただちょっと男の子と遊んでただけで」
「二人で?」
「うん」
それは浮気なのでは?
と、その言葉は一応飲み込んでおいた。考え方は人それぞれだからね。頭ごなしに否定するのはよくない。
「その点、あーしは将来を誓いあった彼がいるので」
「どうせすぐ別れるって」
そう言って二人は楽しそうにキャーキャーと騒ぐ。ほんとに仲がいいんだなぁ。
なんて思いながら、いつまでもここで話しているわけにはいかないことを思い出す。
「ごめん。わたし、これからやることがあって」
「そうだよね。ごめん呼び止めちゃって」
「またご飯とか行こーよ。ラインとかしてる?」
会話の流れでラインを交換する。
こういう提案って大抵は社交辞令で実行されることはないんだよね。けれど、誘われれば喜んで向かうくらいには二人のことは好きなんだけど。
「あ、そうだ」
行こうとした綾乃ちゃんが足を止めてこちらを振り返る。
「ん?」
どうしたんだろう、と首を傾げたわたしに、綾乃ちゃんはさっきまでと違う真面目な表情を見せて。
「さっき、越野見たよ」
そんなことを言った。
*
「……はあ」
本屋って思ったよりすることないな、などと思いながら俺は小さく溜息をつく。
一人になった俺はとりあえず暇を潰そうと本屋にやってきたものの、十分ちょっと店内をブラブラして今に至る。
別に欲しい本があるわけではなく、気になる本もない。適当に手に取ってペラペラめくってみたけどそれまでだ。
他の場所に移動するか。
けど、どこに行ってもすることはない。
……俺、これまで一人のとき何してたんだっけ。
そんなことに頭を悩ませる。
移動しても仕方ないという結論に至り、俺は来るクリスマスに向けて観光雑誌を見ることにした。
なんちゃらウォーカーみたいなのがあるんだよな。それとか見たら有意義な情報が得れるかもしれない。有意義過ぎて購入に至る可能性すらある。
そんなことを思いながら観光雑誌が置いてあるコーナーに向かったところで、俺は思わず足を止めた。
何の気配を感じたのかあちらも俺の存在に気づき、目が合ってしまう。
「えっと」
「……最悪」
そんなに嫌な顔しなくてもよくない?
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