第281話 わたしの彼氏⑤


 パンケーキをものの見事にぺろりと平らげた陽菜乃は俺が食べ終わるまでの間にメニュー表を見ていた。


 まさかさらに追加で注文するのかとひやひやしていたけど、そういうつもりはなくてただ何となく眺めているだけらしい。


 そんな彼女がふとこんなことを言った。


「誕生月の人は割引あるんだって」


「へー、そんなのあるんだ」


 そういえば陽菜乃と誕生日の話ってしたことないな。人との関わりが全然なかった俺はそこにまで気が回らなかった。

 もちろん秋名も柚木も樋渡も、誕生日知らない。


 恋人なんだから、誕生日を祝うくらいはしないとな。


「陽菜乃って誕生日いつなの?」


「三月の十七日だよ」


 三月か。

 まだ先ということに少しほっとしつつ、もっと早くに訊いていれば何かしら祝うことができたのになと思う。


「隆之くんは?」


「俺? 俺は十一月の」


「じゅじゅじゅ十一月ぅ!?」


「ちょっと声抑えようか」


 サイレンかと思い紛う声量が店内に響き渡る。周りのお客さんも何だなんだとこちらを見るが陽菜乃がハッとしてすぐにぺこぺこと頭を下げた。


「十一月って先月ってこと?」


「そうだね」


「なんで言ってくれなかったの!?」


「いや、自分で誕生日言うのは違くない?」


 なにその祝ってください発言。

 けど俺が祝ってあげれたのにと思うように、陽菜乃だって同じようなことを思うもんか。

 まして、彼女の場合はそれが先月なのだから尚思うか。


 そう思うと悪いことをしたかなと少しだけ胸が痛む。


「わたしも日々の幸せに頭が回ってなかったぁ」


 くぅ、とめちゃくちゃ後悔するように唸った陽菜乃はスマホを手にしてタッタカいじり始める。


 その間に俺は残りのパンケーキを食べ終えた。

 俺のパンケーキがなくなったことを確認した陽菜乃はバッと立ち上がる。


「行こうか、隆之くん」


「ちょっとテンションおかしくない? ていうか、どこに?」


 食べ終えたばかりだからちょっと休憩したいのだけれど、何を言っても聞き入れてくれそうにないので諦めて立ち上がることにした。



 *



「これから隆之くんの誕生日プレゼントを買ってこようと思います」


 欲しいものならなんでも揃うショッピングモールがある。そこへ到着するや否や陽菜乃がそんなことを言い出した。


「買いに行こうと思います、ではなくて?」


 その言い方だと、ここから一人で旅立つように聞こえるんだけど。

 そう思って口にしたところ、陽菜乃は「いえす」と肯定の言葉を口にした。


「俺もついて行けばいいのかな?」


「あはは、ご冗談を」


「別に冗談じゃないんだけど」


「わたしね、初めての誕生日プレゼントは一人で選んで渡したいって思ってたの」


「そうなの?」


「うん。だから一人で選んでくるね」


「その間、俺はどうすれば?」


「その辺ぷらぷらしててくれればいいよ」


 そんな適当な指示あるか?


「あ、でも浮気はだめだよ? 可愛い女の子がいてもついて行っちゃダメだからね?」


「大丈夫だって。じゃあ俺は陽菜乃の誕生日プレゼントを買っとこうかな」


「わたしの誕生日ほぼ一年前なんだけど」


「過ぎている、という意味では同じだろ?」


「かもしれないけど、でも一応わたし今年は貰ったことになってるから」


「貰ったことになってるから?」


 俺は眉をひそめた。

 どういうことだ?

 俺は渡していない。だって陽菜乃が誕生日だったことを知らないから。


「うん。ホワイトデーのこと覚えてる?」


 ホワイトデーか、忘れもしない。

 いろいろ考えた結果、スイーツパラダイスに一緒に行ったんだよな。


「もちろん」


「隆之くん、スイーツパラダイスに連れて行ってくれたよね。それと一緒にマカロンくれたじゃない」


「ああ」


 そうそう。

 確か広海さんの店に行って何がいいかめちゃくちゃ悩んだんだよな。結構な時間悩んでいた俺を見兼ねて広海さんが「女の子はマカロンとか好きだよ」とアドバイスをくれたんだ。


「だから、マカロンはホワイトデーのお返しでスイーツパラダイスをわたしの誕生日プレゼントってことにしたの」


「なんで」


「その方が幸せだから」


 そんなこと言われたらリアクションに困るなあ。

 陽菜乃は嬉しそうに頬を赤く染めているが、きっと俺も同じくらい赤くなってるんだろうなあ。


「ていうか、プレゼントっていうならマカロンの方をそう思うべきなのでは?」


 誕生日プレゼントというと、やっぱりモノを想像する。スイーツパラダイスとマカロンであれば、後者の方がプレゼントっぽいけれど。


「それはだめだよ」


「なんで?」


「マカロンはホワイトデーのお返しじゃないとだめだから」


「分からん」


「わからなくていーよ。わたしが勝手にそう思いたいだけだから」


 ほわほわしたオーラを放ちながら当時のことを思い出しているのか、幸せそうな顔をしていた。


「そういうわけなので、誕生日プレゼントはだいじょうぶなの。けど、どうしてもっていうなら今度の誕生日に盛大におめでとうって言って?」


「まあ、陽菜乃がそう言うなら」


 ここまで言っているのに、勝手に買って無理やり渡しても喜んではくれないだろう。

 ならば陽菜乃の言うとおり次の誕生日を盛大にお祝いしてあげた方がきっといい。


「じゃあ、まあ俺はその辺適当にブラブラしとくよ。終わったら連絡くれるってことでいいのか?」


「うん。そこまで時間はかけないつもりだから、楽しみに待っててね」


 そう言って、陽菜乃はてててと走って行ってしまう。

 しかし、ブラブラするというのも難しいな。別に見たいものもないし、時間を潰すのは難しそうだ。


 とりあえず本屋にでも行くか。

 あそこなら、何かしら暇を潰せるだろうし。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る