第280話 わたしの彼氏④


 店内はおしゃれな喫茶店のような、しかし喫茶店よりは照明が明るい気がする。


 やってきた店員さんに席に案内されながら、俺はぐるりと店の中を見渡した。


 二人掛け、四人掛け、カウンター席と幅広い席パターンが用意されている。

 俺たちは二人掛けの席に案内された。丁寧なお辞儀をして店員さんは他の場所へ行く。接客もしっかりしてるなあ。


「なににしよっか」


 メニューを開きながら陽菜乃が言う。俺にも見えやすいように横にして開いてくれる。


 パンケーキというノーマルのメニューがあって、そこから何かをトッピングしたり量を増やしたりっていうカスタムがある感じっぽいな。


 パンケーキビギナーの俺としてはとりあえずオーソドックスなものを注文しておけば問題ないと考えている。


「陽菜乃は?」


「んー、悩むね」


 と言いながら、本当に悩んでいる。

 ならば俺ももう少し悩むべきかなと思考を巡らせる。


 パンケーキの数は二枚。

 そこに生クリームと、なにやらよく分からないものがお皿の上には乗っている。


「このポテトサラダみたいなのなに?」


「ホイップバターだよ」


「なにそれ」


「ホイップバターだよ」


「ん?」


「百聞は一見にしかず、だよ?」


「たしかに」


 説明されてもピンとこないだろうから、結局はそういう結論に至るんだけど。

 名前からしてホイップとバターが融合しているんだろうな。


 そいつの味は想像できないので置いておこう。問題はトッピングだ。フルーツ系かチョコやシロップのようなものもある。その他諸々、ちょっとこの辺は難しいな。


 クレープから想像するにフルーツの類に外れはないだろう。だからこうしてメニューに載るに至っているはずだし。


「俺はこのバナナのやつにしようかな」


 パンケーキにバナナがトッピングされており、そこに思いっきりチョコレートがかかっているもの。

 パンケーキに加えてバナナもあるのでボリュームも十分だろう。


「あ、美味しそうだね。わたしはどうしよっかなー」


 あれでもないこれでもないとメニューのあっちこっちに視線を巡らせながら陽菜乃は十二分に悩む。


 こと食べ物に関しては結構優柔不断というか、欲が表に出るな。それは悪いことじゃなくて、むしろ良いことではないかと俺は思う。


 どちらかというと、俺は自分の中の欲を抑える方だと思うから。

 周りに迷惑がかかるとか、あるいは単純に面倒くさいとか、理由は様々だけどいつも大抵は諦めに行き着く。


 だから、こうして自分の欲をはっきり表に出せるのは凄いと思うし羨ましい。


「決めた! このフルーツいっぱいのやつにしよっ」


 陽菜乃がメニューを決めたところで店員さんを呼ぶ。

 どうでもいいことだけど、俺は店員さんをすみませんと呼ぶのがあまり得意ではない。理由は特にない。なんか好きじゃないだけ。

 だから呼出ボタンがあるお店の評価は自然と上がる。逆にそれがないと一人でリピートすることはほとんどない。


「すみませーん」


 陽菜乃はそんな俺と違い、躊躇いなく手を挙げて店員さんを呼ぶ。


 陽菜乃が俺の全てを肯定してくれるので、こんな俺なんてという考えは以前に比べれば減ったと思う。


 けど、時折どうしても思う。


 自分はまだまだで、ダメダメなんだなと。


 陽菜乃はスムーズに注文を済ます。

 ちゃっかりパンケーキの枚数は増やしていた。


 なにが巧妙だったかというと、俺の頼んだバナナパンケーキを自分のもののように注文していたところ。

 巧妙というか、狡猾というか。


 気にしなけりゃいいのに。



 *



 どうやら注文を受けてから焼き始めるらしく、暫しの待ち時間があった。

 噂に聞くとパンケーキというものはふわふわしたものらしいので、それを存分に伝えるには焼き立てに限るのだろう。


「もうすぐテストだね」


 話題は今年最後の学校行事である期末テストの話。ここ最近はよく耳にする話題だ。まあ、どれもこれもネガティブな話ばかりだけど。


「秋名は本当に大丈夫かね」


「梓はやればできる……っていうか、やらなくてもなんだかんだできちゃう子だから、だいじょうぶだと思うよ」


「その割には毎回テスト前には泣いてるような」


「やるぞっていう気持ちになってないからだよ、きっと」


 そういや修学旅行のときに秋名が話していたな。

 本気じゃなくても、それなりで上手くやれる……だっけ。きっと昔からそういうところは器用だったんだろうな。


 現に高校には入学できているわけだし。

 ギリギリのところまで追い込まれると、ギリギリ大丈夫なところまではやれるのかな。


「陽菜乃と秋名って高校で知り合ったんだよな?」


「うん。そうだよ」


 陽菜乃も秋名も、誰とでも仲良くなるという点では共通している。だから同じグループの中にいても不思議ではないんだけど。


 二人で一緒にいるとなると、ちょっとタイプが違うような気もするんだよな。


「秋名の中学のときのこととかは訊いたりしないの?」


 これだけ長くいれば中学の話になったり、そうでないにしてもふとしたタイミングでその扉が開かれたりするような気がする。


 例えば、樋渡の場合だと文化祭のときに中学時代が垣間見えたりしたわけだし。

 

「梓が話したがらないから」


「余計に気にならない?」


「あんまり。大事なのは過去よりも未来だし、未来よりも今だから」


 友達だからといって、お互いの全部を知らなきゃいけないわけじゃないってことか。


 だから、秋名は陽菜乃の隣が心地良いと感じたのかもしれないな。


 俺に話したんだ。

 機会があれば、きっと陽菜乃にだっていろいろと打ち明けるだろう。


「隆之くんは過去のことは気にするタイプ?」


 訊かれて俺はどうだろうと考える。

 気にしないと言い切るには気持ちが足りないように思う。


 ただ、それを聞けばというだけで、わざわざこちらから知りに行こうとは思っていない。


「知っちゃうと気にはなるのかな」


「……そっか」


「なんか隠し事でもあるの?」


「んえ!? いや、な、ないよ?」


「あるような誤魔化し方だな……」


 一瞬表情が暗くなったような気がしたので訊いてみたけど、そう言うのなら無理に知ろうとは思わない。


 友達でも全部をさらけ出す必要はないように、恋人になったからといって全てを教えなければいけないわけじゃないから。


「お待たせしました」


 そんなときに、変な感じになった空気を吹き飛ばすようにパンケーキが運ばれてきた。

 ナイスタイミングだ。もう見計らっていたのではと疑うレベル。おかげで、陰った陽菜乃の表情は一気に明るくなった。


 やっぱりその顔が似合うなと思った。

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