第279話 わたしの彼氏③


 手を繋ぐという経験があまりなかった。


 子供の頃ならば迷子にならないために親と繋いでいたけれど、あれの目的は言葉通り迷子防止であり自由に走り回りたいにも関わらず無理やりに繋がれる。


 あと、梨子と繋ぐこともあった。

 これは迷子防止の策でもあるのだけれど、不安だったのかよく梨子の方から手を掴んできたのだ。

 拒めば梨子は泣くし、梨子が泣けば親から小言を言われるしで俺に選択肢はなかった。


 しかし。


 今、俺がしているのはそういうのではない。


 それまで陽菜乃と手を繋ぐことはあったけれど、どれも迷子にならないようにといった言い訳があった。


 でもこれは違う。

 そういうのではなくて。

 

 


 なんか照れくさいし、恥ずかしい。


 電車を降りて改札に向かうまでは繋いでいたけれど、改札を通るときにはさすがに放すしかない。


 そうやって改札を出たところで、陽菜乃が再び俺の手を握ってきた。


「行こっか」


 それがさも当然のように。

 にこりと笑いながら、また手と手が繋がれる。


 恥ずかしいけれど、何故か心地良かった。


「そうだな」


 左手が繋がれているので右手は自由が効くのは幸いだ。俺はポケットからスマホを取り出し、目的地を検索する。


 どこのお店にしようかと話し合っていたところ、陽菜乃の方には特にこだわりというものがなかったので梨子に意見を訊いてみたところ。


『ここのパンケーキが美味しいらしいよ』


 と、店を教えてくれた。

 陽菜乃にそれを伝えたところ、問題なかったので俺たちはそこへ向かうことにした。


「やっぱりこの辺だと人が多いな」


 休日、することなければとりあえずここに来いと言われているくらいには何でも揃っている。確かにここに来れば何かしらのことはできるだろう。


 休日ということもあり、人の数は凄まじい。


 家族連れよりは学生とかの若者が多い気がするな。

 お一人様も、友達グループも、カップルも見渡せばそこら中にいる。


「時間的にはもうお昼だけど、なにか食べてきた?」


「今からパンケーキ食べに行くんだよ? なのに食べては来ないよ」


 よく分からないけど、あれだけじゃお腹は膨れないと思うんだけど、そうでもないのかな。


 でも、陽菜乃だしなあ。


「なにその顔」


「いや、別になんでもないよ?」


「パンケーキだけじゃお腹膨れないんじゃないかなって考えてる顔してたよ?」


 恨めしそうに睨まれたので、俺は誤魔化すように視線を逸らす。


「そんなことないよ」


「隆之くん、わたしのこと大食いだと思ってるよね?」


「……まあ、どちらかと言うとね」


「女の子はあれくらいが普通なんだよ。覚えておくといいよ」


「でも、秋名とか柚木は」


「二人が少食なの」


「堤さんとか雨野さんも」


「その二人も少食なだけ」


「さいですか」


 世の中には少食の女の子が多いんだなあ、と俺は無理やりに自分を納得させた。


 この話題に関してはこれ以上続けても良い方向には進まない気しかしないから。


「それに足りなかったらパンケーキ積めばいいしね!」


「もとよりそのつもりだったな?」



 *



 休日だし、お昼時ということもあり店に到着すると少し列ができていた。それでもまだマシな方か、と思いながら最後尾に並ぶ。


「やっぱり女の子が多いな」


 並んでいる大半は女の子が占めていた。男は少なく、いたとしても女の子が隣にいる。

 男子禁制というわけではないけど、ここに男だけで来るのは相当に勇気が必要だな。


「だね。やっぱり入りづらいのかな」


「パンケーキっていうのがまずそうだし、そのせいで男がいなくなるから余計なんだろうな」


 俺たちが並んだ直後に二、三組ぞろぞろと続いた。タイミングを少し間違えればもう少し並ぶことになっていたな。


 そのとき、ざわざわと空気が揺れる。

 

 並んでいる女性客がさっき並んだカップルに注目している。何事だろうと耳を澄ますとその理由は『え、待ってあの彼氏超イケメンじゃない?』というもの。


 確かにイケメンだな。

 顔は芸能人くらいに整ってるし背も高い。所作一つひとつが綺麗で丁寧。彼女を思う気持ちが接し方に現れていた。


 隣の彼女もそれに見合うレベルの高さだ。

 美男美女カップルというのはああいうのを言うんだろうな。その中でもトップクラスだと思う。


「隆之くん、女の子ばっか見てる」


「見てないよ。確かにちらっとは見たけどどっちかというと男の方が見てる時間は長かったよ」


「……え」


「隆之くんってやっぱり……みたいなリアクションするのやめてくれない?」


 俺がツッコミを入れると、陽菜乃がおかしそうにペロと舌を出した。


 陽菜乃から再び女の子の方に視線を移す。彼女だけを見れば、レベルは陽菜乃とそこまで変わらないように見える。

 これは贔屓目ありきの意見になるんだろうけど、なんなら陽菜乃の方が可愛いまである。


 俺が超絶パーフェクトイケメンだったならば、きっと周りからキャーキャー言われてんだろうな。


「また見てるぅ」


 どうやら陽菜乃が嫉妬の炎を燃やしてしまったらしい。今度はちゃんと女の子の方を見ていたので言い訳が難しい。


「いや、陽菜乃の方が可愛いなって思ってただけだよ」


 恥ずかしいけど別に隠すことではないので、俺は思い切って口にした。


「ほ、は、へぁ」


 頬が赤くなり、口元がぐにゃりとゆるむ。分かりやすく照れている。にしては珍しいリアクションだけど。


「隆之くんだって負けてないよ」


「いや、さすがに負けてるよ。満場一致で完全敗北だよ」


 しかし陽菜乃はふるふるをかぶりを振った。


「負けてないよ。わたしからしたらね」


「……そりゃ、どうも」


 ああ、顔が熱い。

 俺はパタパタと空いている手で顔を扇いだけど、中々冷めてはくれなかった。

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