第277話 わたしの彼氏①
「デートってどこに行けばいいんだろう」
金曜日。
俺は樋渡に尋ねた。
体育の授業を終えて更衣室に向かっている最中のことだった。
「クリスマスのことといい、考えることが多いやつだな」
「確かに」
最近いろんなことを考えているけど、そのほとんどは陽菜乃に関することだった。
「僕なんてテストのことで頭いっぱいだっていうのに。そっちは大丈夫なのか?」
「このまま普通にしてれば問題はないかな」
テスト前じゃなくても最低限の勉強はしている。最近は以前に比べると時間は減ったけれど、それでもゼロにはならないように気をつけてはいる。
もともとは友達もおらず特にすることがなかったから勉強してただけなんだよな。
「言ってみたいもんだよ、そんなこと」
やれやれ、と樋渡は肩をすくめる。
「それで、デートの場所だっけ?」
更衣室に入ったところで樋渡が改めて口にする。俺がこくりと頷くと樋渡はううんと唸った。
「よく聞くのはウインドウショッピングとか映画とかじゃないか?」
「どっちも行ったんだよな」
「行ったことない方がいいのか?」
「できれば」
そりゃ追々は仕方ないのかもしれないけど、今はまだ初めてのところを経験していきたいと思う。
「カラオケ?」
「カラオケはなー」
陽菜乃が歌うの好きじゃないからな。それを言えば俺もだけど。そもそも歌える曲が圧倒的に少ない。
「ボウリングとか」
「そういうのって大勢で行くもんじゃないのか?」
「別にそんな決まりはないだろ。二人で行っても楽しめると思うけどな」
「そうなのか」
ボウリングか。
あんまり良い思い出がないな。
俺が得意じゃないから相手も楽しめない可能性が高い。
「そういや志摩はボウリング下手くそだったな」
「言うなよ」
「あとは定番だけど遊園地とか水族館とか?」
「あー」
その辺はまだ行ってないな。
あくまでも友達の延長線で行くような場所しか行ってないから、そういう定番のところはまだ手を付けていなかった。
「けど、動物園とか水族館は好き嫌いあるからな。そもそも生き物を眺めるだけだと退屈に感じる人もいる」
「確かに」
「その点、遊園地は問題ないだろうけど絶叫系とかダメなら楽しめないかもな」
「お化け屋敷とかがダメなのは知ってるけど、絶叫系はどうなんだろ」
そういう話題になることがなかったから訊いたことがないな。
ちなみに俺は子供の時以来行ってないので乗れるかどうかも分からない。
樋渡は上の服を脱ぎ、綺麗に割れた腹筋を露出させながら続ける。俺もあれくらい割れてくれるといいんだけどな。
「クリスマスにドリーミーランドを視野に入れてるなら遊園地も避けた方がいいな」
クリスマスに特別感を出すならばそういう場所に行くのも一つの手だ、というアドバイスは貰った。
いろいろと考えている中で候補の一つとしてまだ残ってはいるんだけど。
「そもそも、クリスマスのことを考えるとあんまりお金も使えないんじゃないか?」
「そうだな」
そんなこと全く考えてなかった。
人の意見を聞くのって大事なんだと心底思わされる。樋渡と話をしなかったらお構いなしにお金を使っていた可能性があった。
「お金をかけずに長時間となると、学生としてはカラオケを推さざるを得ない」
「コスパはいいんだろうけど。俺も陽菜乃もカラオケ楽しめない勢なんだよ」
「可哀想なカップルだぜ」
体の汗を拭き、制服に着替え終えた樋渡が呆れたように溜息をついた。
少し遅れて俺も着替えたところで教室に戻ることにする。
「伊吹はどう思う?」
「んー、そうだね」
「急に現れるなよ驚くだろ」
更衣室を出たところでいつの間にかついて来ていた伊吹が楽しそうに悩ましげな声を漏らした。
「無理にどこかへ行く必要はないんじゃないかな。予算が少ないなら甘いものを食べに行くくらいでも良いと思うよ」
「伊吹って彼女いるの?」
「いないけど。どうして?」
「経験豊富な感じがしたから」
「別に二人と大差ないよ。今は部活に専念してるからね」
「そういう奴が引退した後にマネージャーとくっついたりするんだよな」
「あー、あるな」
樋渡の言葉に同意する。
というか、そういう姿が容易に想像できてしまった。
「そういう予定は今のところないけどね」
しかし、どうしたものか。
クリスマスは盛大にとまではいかないまでも、やっぱり普段とは違う一日にはしたいと思う。
だから、お金をかけるならばクリスマスだ。だとするならば今回はコストカットを視野に入れるべきか。
「そのデートっていうのはいつの話なんだ?」
「明日」
伊吹に訊かれ、俺は答える。
「……それは大変だね」
*
「じゃあ、なにか甘いもの食べに行こっか」
放課後。
陽菜乃に樋渡と相談したことを話したところ、そういう感じに落ち着いた。
「なにか食べたいものあるか?」
「んー、なんだろ。パンケーキとか? 隆之くん食べたことある?」
「ホットケーキなら」
「ホットケーキは違うよ」
女の子はパンケーキ好きだよね。
梨子も事あるごとにパンケーキ食べたいパンケーキ食べたいって言ってるし。
受験が終わったら念願のパンケーキを食べさせてやりたいから、そのために下見に行っておくのも悪くないか。
「それじゃあパンケーキってやつを食べに行こうか」
「いいの?」
「もちろん」
そんなわけで週末デートの予定はゆるく決定した。とどのつまりは陽菜乃と二人でならどこでだって構わないのだ。
陽菜乃もきっと、そう思ってくれているはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます