第276話 おめでとうのケーキ②
「どういうことだい、志摩クン?」
陽菜乃の説明ではついに理解に至らなかった広海さんが俺の方を向いてきた。
けど陽菜乃の説明が全てなんだよなあ。あれ以上言えることはないんだけど。
「せーので同時に言いました」
「訳が分からん」
思い返せば確かになんだったんだあれはってなるけど。世界中探し回ってもあんなグダグダな告白はそうそう見つけられないくらいのものだろう。
「けど、まあ、あんなイチャイチャしながら付き合ってなかったっていうのがそもそも訳が分からんことだったし、君たち二人のことを理解しようとするのが間違いなのかもな」
どんな納得の仕方なんだよ、と喉から出そうになった言葉を俺は飲み込んだ。
「そういうことなら、今日はオレの奢りだ。なんでも好きなもん選んでいいぞ?」
前々から付き合ったらお祝いにケーキをご馳走してくれる、とは言っていたけどまさか本当にご馳走してくれるとは。
広海さんも祝福してくれてるってことだよな。
「何個まで?」
「二つ……いや、三つまで許す」
めちゃくちゃ太っ腹だ。
いや、しかしそんなには食べれないので一つで十分なんだけど。
俺がショートケーキを頼んだ横で、陽菜乃はショートケーキに加えてモンブランとミルクレープケーキを頼んでいた。
しっかり三つ注文してるじゃん。
注文を済ましたところで、俺たちはいつものようにイートインスペースを利用する。
ノートを開いていると広海さんがケーキを持ってきてくれた。いつものようにオレンジジュースがおまけでついている。
ただでさえケーキをご馳走してもらっているのに申し訳ないな、とは思いながらこれが広海さんの気持ちだろうからしっかり受け取っておく。
「それじゃあごゆっくり」
ちょうどそのタイミングでお客さんが入ってきたので広海さんはお店の方に戻っていった。
あれは広海さんのファンであるマダムだろうか。楽しげに会話を始めた。
「それじゃあ勉強を……」
始めようか、と言おうとしたけど陽菜乃が待てをしてるイヌみたいな状態だったので俺は取りとりあえずの勉強を諦めることにした。
「ケーキ食べようか」
「そうだね!」
陽菜乃の前には三つのケーキが並んでいる。相変わらずよく食べるなあと感心しながら俺は自分のショートケーキを一口サイズにして口に運んだ。
うん。
クリームの甘さといちごの酸味が相変わらず絶妙だ。スポンジはふわふわだし、文句の付け所が見つからない。
「ん~~、おいひぃ」
いつもすごい幸せそうに食べるんだよな、陽菜乃って。一緒に食べててご飯が美味しくなる気がする。
「隆之くんは一つで良かったの?」
「まあ、さすがに三つはね」
遠慮するよ。
陽菜乃と広海さんは小さい頃からの知り合いで気心も知れているからそういうのはないんだろうけど、俺と広海さんはあくまでも客と店員でしかない。
いくら常連で顔見知りとはいえ、遠慮してしまう。
「食べ過ぎ、かなぁ……」
俺の言葉の続きを誤解した陽菜乃がしゅんと落ち込む。そんな今更なことで落ち込まれても困るんだけど。
「い、いやそんなことないよ。これから勉強するんだし糖分補給は大事だって」
「……でも、隆之くんは一つだし」
「俺はやっぱり遠慮しちゃっただけで、食べれるなら三つくらいいきたかったよ」
「ほんとに?」
ちら、と俺の方を見る。
俺はぶんぶんと強めに首を縦に振った。
「じゃあ、食べよっかな」
「それがいいよ」
ショートケーキのいちごをフォークで刺してぱくりと頬張る。陽菜乃はショートケーキのいちごを早々に食べるタイプか。
俺は逆に最後まで置いておくタイプである。どうでもいいか。
「あ、隆之くんもこれ食べる?」
ショートケーキを食べ終えた陽菜乃がモンブランに差し掛かったところで、思いついたように提案してきた。
「え」
「わたしが貰ったケーキなら、遠慮しないでいいでしょ?」
そりゃそうなんだけど。
でも貰うってことはつまりそういうことじゃん、と俺は陽菜乃の持つフォークに視線を向ける。
もちろん、彼女はそんなことお構い無しだが。
でもここで断るとまたよく分からない落ち込み見せるかもしれないしなあ。
「じゃあ貰おうかな。広海さんにもう一つフォークを」
「だめ」
俺の言葉を陽菜乃がぴしゃりと遮る。
どうしてだ、と彼女の方を向くとにこにこ笑顔だった。今はその笑顔が怖いんだけど。
「えっと、でも」
「あーんってしてあげる」
「いや、でも」
「あーんってしたいの」
「さすがに恥ずかしいというか」
「あーんってさせて?」
「……」
こんなこと言われたら断れないよ。
だって可愛いんだもん。
しかしこうやって簡単に頷くから、あとで後悔するんだよな。
だが!
俺と陽菜乃は恋人同士なのだ。
これまではそうじゃないのに恋人っぽいことをしていたのが恥ずかしかった。
だから今なら別にノーダメージでいけるのでは?
そうだよ。
余裕だよ。
むしろ歓迎するまである。
これからは何の躊躇いもなくあーんができてしまうのだ。
「隆之くん。はい、あーん」
モンブランを一口サイズにした陽菜乃がこちらにフォークを差し出してくる。
俺はそれにぱくりと食いつく。
いやこれ普通に恥ずかしいな。
やっぱりこれからは遠慮しよう。
*
「放課後デートでまたきてねー」
広海さんに見送られ、俺たちは店を出た。
結局ほとんど勉強はできなかったな。
まあ、まだテスト前ではないので焦る必要はないんだけど。
俺は自転車を押しながら、陽菜乃の歩幅に合わせて隣を歩く。
夕方になると商店街の中の人通りは増えてくる。晩ご飯の食材を買いに来ているのだろうか。
「ねえ、隆之くん」
「ん?」
ゆっくりと歩きながら駅に向かう道中、陽菜乃が口を開く。
「今週末、どっちか空いてる?」
「どっちも空いてるけど?」
確認するまでもなく空いてることは幸運なのか、それとも否かは置いておこう。
陽菜乃がこう言ってくるということは何かしらの誘いがあるんだろうし、それを問題なく受けれるのだからやっぱり幸運だ。そうに違いない。
「じゃあ、どこか行かない? 来週からテスト前だから出掛けるのは難しいし」
「もちろんいいよ」
陽菜乃と付き合ったのが十一月の初旬。それからおよそ一ヶ月が経過したけど、実は一回しかデートというデートは実行していない。
陽菜乃の方が家族関連や友達との予定で忙しかったり、空いているときに限って俺の方に家族関連の予定があったりって感じで噛み合わなかったのだ。
その一回のデートはお互いに変な緊張しててぎこちなかったし。いざ恋人だと意識するとどう振る舞えばいいのか分からなかったんだよな。
けどあれから時間が経ち、俺たちも恋人としての振る舞い方がようやく馴染んできたから今なら普通にデートもできるだろう。
「どこ行くか考えないとな」
「どこがいいかなぁ」
駅に到着するまでの間、俺たちは今度のデートについて話し合った。脱線に脱線を重ねて、結局行き先は決まらなかった。
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