第275話 おめでとうのケーキ①


「そういえば」


 昼休みに俺はふと思う。

 もうすぐ来たるはクリスマス。つまりやって来るのは冬休みだ。

 夏休みと比べると残念ながら短いけれど、それでも長期休暇と言うに足る学生の楽しみなイベントである。


 楽しみなことばかりに目が向いてしまうけれど、しかし重要な行事が一つ残っている。


「今回は大丈夫なのか?」


「何がかな?」


 いつもの五人で昼飯をつつく中、俺の問いかけに涼しい顔で答えたのは秋名だ。


「期末テストだよ」


 毎度ながら秋名はギリギリのところで戦っている。いつしか俺たちにとってはテスト前の勉強会は当たり前のようになっていた。


「大丈夫だと思う?」


「思ってないから訊いてるんだけど」


 俺が呆れながら言うと、秋名はハッと乾いた笑いを見せた。


「もちろん大丈夫じゃないよ。今回は頑張ろうと既に勉強に取り掛かっているけどちんぷんかんぷんさ」


「誇らしげに言うことじゃないような……」


 いつもフォローに回る柚木でさえ秋名の開き直りには苦笑いだった。

 既に教室に取り掛かっている点に置いては褒めるべき部分なんだけどなあ。


「今回も勉強会やるか?」


「いや、いいよ。志摩は陽菜乃と勉強会と称したイチャラブ回がいいでしょ?」


「別にそんなこと思ってないけど」


 完全否定をすると嘘になるが。

 そりゃ彼女と楽しく勉強会ができるならそれがいいさ。毎度ながら秋名の理解力には驚かされるから。


「陽菜乃はイチャラブしたいよね?」


「うん」


「ほら見なさいみたいな顔向けてくるな」


 陽菜乃はもう躊躇いとか羞恥心とか、そういうの全部捨ててきたのかな。

 なんでこの状況で肯定できるんだ。


「でも、梓が赤点を取るのも困るよ? 一緒に進級したいし。だから勉強会しよ?」


「勉強会開かなかったら私が赤点取るの確定みたいな言い方だね」


 事実だろ。

 悲惨な点数になるじゃん。

 なんでそんな自信満々な態度でいれるんだか。


「よし分かった。今回は二人の力は借りない。私がやればできるってことを証明してやろうじゃないの!」


「あんまり見栄とか張らないほうがいいんじゃないか?」


 別に俺たちとしては勉強を教えることを苦とは思っていないし、むしろ教えることで頭の中を整理できるから良い復習になっている。


 だから、あの時間は有意義でさえあるのだが。


「見栄じゃない。意地だ」


「どっちもたちが悪いな」


「というわけで、くるみ! 勉強教えて!」


 誰かに教えてもらおうとはするのな。じゃあもう俺たちでいいじゃん。


 振られた柚木は表情を強張らせながらビクリと体を揺らす。


「……あたし貧乏くじ引いてない?」


「秋名もああ言ってるし、今回は柚木に任せようかな」


「早々に裏切るね!?」


 秋名の面倒を一人で見るのは大変だろうけど、ああなったら俺たちが何を言おうと聞いてくれないだろう。

 だって、意地張ってるから。


 けど放っておくと赤点祭りだろうから誰かに面倒は見てもらわないと。


「優作くんも何か言ってよ」


 この間、黙々と食事を進めていた樋渡が柚木に話を振られたところでようやく動かしていた手を止める。


「僕から言えることは一つだよ」


 澄ました顔は崩すことなく、相変わらずのイケメンフェイスを存分に発揮しながら樋渡は続ける。


「僕もよろしく頼む」


「そう言えばこの人も勉強できないんだった!」


 今回の期末テストは柚木が苦労することが確定した。


「今度なにか奢ってもらうからね?」


 俺と陽菜乃に恨めしい視線を向けながら、しかし覚悟を決めたような声色と表情で柚木が言った。


 俺と陽菜乃はこくりと頷くだけだった。



 *



 そんなわけで放課後、俺たちは一緒に勉強をしようという理由で寄り道をすることにした。


 向かう先は広海さんのとこのケーキ屋である。


 イートインスペースは狭く、数グループしか入れないというのは相変わらずの問題だけど、これまで店に行ったときに埋まっているのは見たことなかった。


 だから、まあ大丈夫かというのが最近の俺の中の考えだ。


「隆之くんってたまにお店行ってるんだよね?」


「美味しいからね」


 次に一度くらいのペースでは顔を出している気がする。多いときは二回のときもあるし、逆に長期休暇とかに突入するとゼロにもなる。


「こんにちはー」


 商店街を通り、お店に到着した俺たちはさっそく中に入る。店内は相変わらずと言うと失礼だけど落ち着いていた。


 ショーウィンドウのところで広海さんが退屈そうにスマホを触っていた。

 陽菜乃の声に視線をこちらに向けた広海さんはスマホを置いて立ち上がった。


「おや、陽菜乃ちゃんに志摩クンじゃないか。二人で来るのは久しぶりだね。あれかな、恋人になったことを報告に来てくれたのかな? ようやくだね、どんだけ待たされたか」


 いつもの調子でそんなことを言ってくる広海さんに俺と陽菜乃は視線を合わせる。


 別に隠すことじゃないし、むしろ広海さんにはちゃんと言っておいた方がいいと思うんだけど。

 という考えを陽菜乃に送信すると、陽菜乃から「そうだね、ちゃんと報告しよっか」みたいな考えが返ってきた。


「広海さん、その、俺たち付き合うことになりました」


「はあッ!?」


 いつもの余裕ある表情が崩れ、広海さんの顔には動揺のみが残った。この人のこんな顔を初めて見た気がする。


「付き合ったの!?」


「うん」


 陽菜乃の方にも確認した広海さんに、陽菜乃がこくりと頷く。もう一度俺の方を向いて、ごくりと生唾を飲み込んだ。


「そ、そうなんだ。ぶっちゃけ、こいつらどうせまだ付き合ってないんだろうなって気持ちで言ってたから驚いちゃったよ」


「めちゃくちゃ驚いてましたね」


「ああ。今年一番驚いたニュースは独身であると言われていた常連の佐伯さんが実は子持ちのバツイチだったって話だったけど、それを軽く超えてきたよ」


 そうか?

 そのニュースも相当な驚き具合だと思うんだけど。


「しかし、そうかぁ、付き合ったか。どっちから告ったの?」


「えっと」


 どう言おうか、と陽菜乃の方を向く。

 ここは俺よりも陽菜乃に任せたほうがいいな。うん。そうしよう。


「一緒にだよ」


「うん?」


「だから、せーので同時に告白したの」


 陽菜乃の言葉では理解できなかった広海さんがさらなる説明を求めたところ、陽菜乃は補足には至らない説明を付け足す。


 が。

 


「……うん?」


 まあ、そうなるよな。

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