第273話 クリスマスに向けて②


「柚木」


 昼休みの始まり、廊下を歩く柚木の姿を見つけた俺はその背中に声をかけた。


「あ、隆之くん。どしたの?」


「どうしたのはこっちのセリフだけど。なんかふらついてなかった?」


「いやあ、ちょっと重たくて」


 あはは、と柚木は無理やりに笑う。

 言いながら柚木は手に持った大量のノートを見せてくる。さっき提出したクラスメイトのノートだろう。それを全部持っているのだとしたら重たいに決まってる。


「一人か?」


「うん」


「手伝うよ」


 俺は言うが早いか柚木が持っていたノートを半分ほど受け取る。というか、勝手に引き受ける。


「え、悪いよ」


「気にしないでくれ。ちょうど柚木と話したいと思ってたんだ」


 クリスマスのこと。

 樋渡には質問してみたけど、もう少しサンプルというか、意見が欲しいと思っていた。


 最近ではいろんなクラスメイトと話せるようになったけど、それでも気兼ねなく話せるのはやっぱりいつものメンバーだ。


「彼女持ちの人にそんなこと言われてもなあ」


「他意はない」


「あったら困るよ。それで?」


 いつもの一ジョークを挟みつつ、柚木が質問の受け入れ体勢に入ってくれた。


 どう質問しようか、と思ったけどここは素直に尋ねることにしよう。


「クリスマスのことなんだけどさ」


「陽菜乃ちゃんと過ごすんだよね?」


「……なんで知ってるの?」


「そりゃ想像もつくよ。恋人がいるのに二人で過ごさないわけないじゃん」


 確かに。

 それが絶対というわけではないだろうけど、大半がそうであることは世間の空気が証明している。


 そんなことを考えていると、柚木が「まあ」と言葉を続けた。


「さっき陽菜乃ちゃんが嬉しそうに話してくれたっていうのもあるんだけど」


「……そうなんだ」


 俺も樋渡には話したし、陽菜乃が秋名や柚木に話しても別におかしいことなんかないし、少なくともクラスメイトは知ってるわけだからコソコソする必要もないんだよな。


「それはもう楽しそうというか、嬉しそうだったよ」


「そうなの?」


「うん。サンタさんにおもちゃを貰った子供が興奮しながらする話を聞くお母さんの気持ちがちょっと分かっちゃった」


 なんだそれめちゃくちゃウキウキしてるじゃん可愛いなあもう。


「目がね、きらきらしてた」


「陽菜乃ってすごい目を輝かせるときあるもんな」


「だいたいが隆之くん関連だけどね。それか美味しいご飯を前にしたとき」


「ご飯と同列なのか」


「光栄なことだと思うけどね。三大欲求と肩を並べてるんだよ?」


「考え方新しいな」


 そんな感じでいとも容易く話が脱線し始めていたので俺は軌道修正を行う。


「それで、クリスマスのことなんだけど」


「そうだったそうだった」


「どうしたらいいか悩んでて」


 樋渡は男同士として相談することに躊躇いはないし、秋名は秋名で意外とちゃんとしたアドバイスくれるから相談できる。


 けど、不思議と一番話しやすいのは柚木なんだよな。


「恋人と過ごすクリスマスかあ」


 なにを思っているのか、柚木はそんなことを呟いた。


 周りには廊下を歩く生徒がいるけど、もちろん俺たちの会話なんて興味ないだろうから聞かれる心配もない。


「あたしも経験ないからね」


「彼氏はいたことあるんだよな?」


「まあね。でもクリスマス前に別れちゃったから。そんなときに出会ったのが隆之くんなんだよ?」


 去年のことか。

 クラスのクリスマス会に向かう道中で遭遇したんだよな。あれは大変だったなと、今思い返しても思う。一歩間違えていたら真っ赤なクリスマスになるとこだった。


「そもそも、クリスマスの過ごし方に正解はないと思うんだけど」


「樋渡も似たようなことは言ってたけど」


 そうは言っても思いつかないのだ。

 スマホで調べたりもしているけれど、なんというかどれもこれもいまいちピンとこないというか。


「柚木はどういうクリスマスを過ごしたい?」


「それはもしあたしと隆之くんが付き合うことになっている世界線があったとしたらの話?」


「前提はなんでもいいよ」


 なんだよその前提。

 リアクションに困るんだよ。


 俺の問いに柚木は「そうだなあ」と呟きながら思考を巡らせてくれる。

 そうこうしている間に職員室に到着したので俺たちは指定の場所にノートを置き、さっさと退散する。


 職員室というのは妙な緊張感がある。圧倒的アウェイ感というか。だから少しでも早く立ち去りたいと思うのだ。


 身軽になったところで折り返して教室に戻ることにした。


「ありがとね。手伝ってくれて」


「いや、別にこれくらい」


「それでさっきの話だけどね」


 一拍置いてから、柚木は前の方を見ながら口を開く。


「あたしはね、やっぱり普通でいいかな。二人でカラオケとか行って、ご飯食べて、一緒に映画観ながらゆっくりしたり」


「そんなのでいいのか?」


 それはなんというか、普通の過ごし方だった。どこにでもありふれている光景。


 樋渡も特別なことをする必要はないと言っていたけど、みんな存外そんなものなのだろうか。


「うん。そんなのがいいの」


 そう言ったあとに、柚木は「あ、でも」と思いついたように付け足した。


「イルミネーションとか見に行きたいかも。きらきらしてて綺麗だし、クリスマスっぽいしね」


「イルミネーションか」


 確かにこの時期になるとどこもかしこもピカピカと彩りを放ち始める。

 俺もイルミネーションは嫌いじゃない。むしろ好きなまである。


「いろいろ言ったけどさ、隆之くんが考えたプランなら陽菜乃ちゃんは何でも喜んでくれると思うよ?」


「公園で二人で過ごすプランでも?」


 寒空の下。

 何もない公園で。

 ホットドリンク片手に。

 クリスマス色のない一日。


 そんなので喜ぶ人間なんていないだろ。


 と、思ったけど。


「陽菜乃ちゃんは笑顔でいると思うよ」


 柚木は即答した。

 なんの迷いもなく、根拠もないはずなのに大した自信で。けど、どうしてかそんな気がしてしまうのは不思議なことだ。


「まあ、さすがにそんな一日にはならないだろうけどさ。でも、それくらいに考えたらちょっとは気も楽じゃない?」


「……かもな」


 話が一段落ついたところで、ちょうど教室に到着した。中に入ると陽菜乃、秋名、樋渡はすでに机を囲って昼飯をつついていた。


「特別な日になるといいね?」


 戻る間際、柚木が一言だけ。

 小さな声で言ってくれた。


「ああ」


 俺は短く返し、みんなのところへ戻った。

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