第271話 もうすぐクリスマス
修学旅行が終わり、季節は秋から冬へと切り替わっていく。
少し暖かいかなという気温が徐々に肌寒くなって、周りを見ると人の服装が少しずつぶ分厚くなっていた。
十二月に入ると吐く息は白く色づき、風に吹かれて消えていくのが見えるようになるけれど、今年はまだそれがない。
これまでに比べて少し暖冬なのかもしれない。
寒くなってくると自転車での登校が辛くなる。どころか、そもそも布団から出るのが億劫だ。あの温かい中でずっとくるまっていたいと思うのは俺だけだろうか。
それが叶う冬休みが待ち遠しい。
「もうすぐクリスマスだな」
いつものように登校した俺は既に教室にいた樋渡と合流した。他のみんなはまだ見当たらないので適当に雑談していたところ、樋渡がそんなことを言った。
「そうだけど。それがどうかしたのか?」
「……お前、それ本気で言ってんのか?」
「え、なに」
「彼女ができて初めてのクリスマスだぞ? なんでそんなテンションなんだよ。もっとはしゃげよ」
「……そう言われても」
別に楽しみじゃないわけではない。
そりゃウキウキもしたけど、でもイマイチ恋人がいるクリスマスというものが想像できないのだ。
俺はこれまで家族以外の誰かとクリスマスを一緒に過ごしたことはなかった。
そんな中、去年は初めてクラスのクリスマスパーティーに参加した。だからなにもかもが新鮮だった。
「なんか、よく分かんないんだよ。何していいかもピンとこないし」
そんな俺が世間一般で行われている恋人と過ごすクリスマスプランを想像できるはずがない。
「デートして一緒に飯食うんだろ。知らんけど」
無責任な言い方しやがって。
「それじゃいつもと変わらないじゃん」
「そこをどう変えるかが腕の見せどころなんだろ?」
「例えば?」
「そんなの知らないよ。僕だって恋人のいるクリスマスを過ごしたことはないんだから」
「お前ほどの男なら経験なくても想像できるだろ。頑張ってくれ、お前はやればできる男だ」
「急に期待が重いよ」
なにか一つでもヒントがあればと思ったけど、本当に思いつかないのかそれとも出し惜しみしているのか、結局樋渡はなにも答えてくれなかった。
「なになに、なんの話?」
そんな俺たちのところにやってきたのはおでことカチューシャがチャームポイントの堤さんと、ド下ネタグラマラスボディの不破さんだった。
「志摩がクリスマスのことで悩んでるんだよ」
悩んでいるわけじゃない……こともないか。
堤さんと不破さんは文化祭の辺りから少しずつ話すようになり、修学旅行が終わった頃にはこうして何でもない雑談をするようになった。
異性の意見というのは大事にするべきだし、ここは藁にも縋る思いで二人にも尋ねてみるか。
「堤さんはどう思う?」
訊くと、堤さんは「そうだねえ」と難しい顔をしてくれた。少しでも考えてくれたことが嬉しい俺であった。
「ぶっちゃけ好きな人となら何しても楽しいからね。家で二人でケーキ食べるのも、おしゃれなレストランでディナーするのも悪くない」
「そりゃそうなんだけど」
「志摩が考えることに意味があると思うよ。けどあれだ、ドリーミーランドとかは普段行かない場所だから特別だなって思うかも」
「ドリーミーランド……」
夢の国か。
俺は行ったことないけど、みんなあそこ好きだよな。そんなにいいんだろうか。
「クリスマスだと人多いだろうけど」
「人混みはちょっとな」
「けど、そういうのがいいのだよ」
「そういうの?」
俺が尋ねると堤さんがにやりと口角を上げながら続ける。
「特別感っていうやつ。普段はしないことをするっていうのはポイント高いんじゃないかな?」
「特別感、か」
まだまだ全然ふわっとしているけど、それは少しだけしっくりきた。何だか思考が進みそうな気がする。
「そういう感じなら考えれるかもしれない」
もうちょっと考えてみるか。
クリスマスまではまだ時間もあるしな。
「ねえ、ちょっと」
話も一段落しましたねというタイミングで声を上げたのはずっと黙っていた不破さんだ。
「なに?」
「なんで私には訊かないまま話が終わろうとしてるわけ?」
「えっと、それは」
だって。
訊くだけ無駄だろ。
と思ったけど、その言葉は飲み込んでおくことにした。
でも、そうだよな。
訊かずに決めつけるのはよくないか。こういう人ほど意外といいアドバイスくれたりするし。
「じゃあ、不破さんはどういうのがいいと思うの?」
「サンタコスで聖夜セッ」
「ちゃんと予想を裏切れや!」
予想通りの下ネタに俺は思わずツッコんでしまう。しかもド直球。だからこの人に発言させたくないんだよ。
俺の周り、これまで下ネタとか言う人いなかったから反応が未だに掴めないでいる。
「なによ。もしかしてあなた、まだ何もしてないの?」
「いや、そりゃそうだろ。まだ一ヶ月も経ってないんだぞ」
「やっぱり志摩ってイン」
「だからオブラートに包めって!」
これ以上、この人に発言をさせてはいけないと本気で思った。
修学旅行があったのは十一月の初めなので、今でおよそ一ヶ月。正直、これといって変わったことは特にない。
「キスもまだなの?」
そう尋ねてきたのは堤さんだ。
面白そうにっていうよりは素朴な疑問をぶつけてきた感じ。
「まあ、そうだな」
「気をつけなさい樋渡君。彼、日向坂さんっていうカモフラージュを得てノーマルを偽ってるだけのホモかもしれないわ」
「どうりで……」
「心当たりあるみたいな言い方やめろ!」
不破さんが相変わらず適当なことを言ってくる。遠回りにヘタレだと言いたいんだろうけど、遠回りした結果エグい道通りやがった。
「手は繋いだの?」
「手は付き合う前から繋ぐことあった」
「順序がいろいろおかしいんだよ」
俺の言葉に樋渡が溜息をつく。
それは言われなくてもそう思ってる。けど、手を繋ぐという行動はまだ付き合う前でも有り得るだろ。
「呼び方も既に名前で呼んでるしね」
「これでも最初はちゃんと名字で呼び合ってたんだぜ」
「恋人になってからやるようなことを全部付き合う前の時点で終わらせてしまった結果なのね」
散々な言われようだ。
とは思うけど、実際そうなんだよな。
これまでが十分に近かったから、いざ恋人になってみるとこれ以上の距離の詰め方が分からない。
「だとすると、これはもう手段一つしかないですね」
「そうですね」
堤さんと樋渡が何やらニヤニヤしながらこっちを見る。なんなんだよと睨み返してみたところ、口を開いたのは不破さんだ。
「決まってるでしょ。ベロチ」
「言わせねえぞッ」
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