第270話 恋人としての初登校②


「そういえば」


 二人で並んで歩く通学路。

 陽菜乃が思い出したように言った。


「こうして隆之くんと一緒に学校に行くのって意外としてこなかったよね?」


「確かに」


 俺は自転車で、陽菜乃は電車だ。

 その上、登校する時間も微妙に違っていたのでこうして待ち合わせでもしないと中々こういう機会はなかった。


 しかし、一緒に登校しようと言うのは恥ずかしかったというかビビっていたというか、勇気が出なかったのだ。


「ほんとはね、ずっとこうしたかったんだ」


 前を向きながら、陽菜乃はそんなことを言う。前のことを思い出しているのか、視線はそのままにぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。


「一人でこの道を歩いてるときにね、隆之くんいないかなって周りを見渡したり」


 そう言った彼女がこちらを向く。

 困ったような表情は単なる照れ隠しなのかもしれない。はにかんだ笑顔がそんなふうに思わせた。


「出発の時間をちょっと早めたり遅めたりもしたんだ。でも、結局会えなかったんだけど」


「そう、なんだ」


 これどういうリアクションをするのが正解なんだ?

 ダイレクトに言われた俺は恥ずかしさを誤魔化すように遠くの方を見た。


「これからはいつでも一緒に行けるな」


「うんっ」


 さすがに毎日合わせるというのは大変だろうけど、たまにはこういうのもいいと思う。


 余裕を持って出発したからか、周りの生徒の数はまだ少ない。どうしても周りからどう見られているのか気になってしまうのでちょうど良かった。


 昇降口で靴を履き替え教室へと向かう。


 秋名と柚木と樋渡以外にはこのことは話していない。あいつらが俺たちの知らないところで人に話すとも思えないからクラスメイトは知らないはずだ。


 言うべきかな。

 黙っていた方がいいのか。


 分からないな。


「どうかした?」


「いや、なんというか」


 階段を一段一段上りながら、俺は少し迷ってから、話すことにした。


「クラスのみんなには言うべきなのかなって」


「付き合ったこと?」


 こくり、と頷くと陽菜乃はんーっと小さく唸った。


「隆之くんはどうしたいの?」


「言ってもいいのかもしれないけど、改めてってなるとちょっと恥ずかしいみたいな。陽菜乃は?」


 尋ねてみると、いつものような全てを包み込む優しい笑みを浮かべながら陽菜乃は口を開く。


「わたしはどっちでも。みんなに知られないように隠れて付き合うのは楽しいだろうし、でもみんなにおめでとうって言ってほしいとも思うかな」


 だったら、やっぱり言うべきかな。

 だとして、ならばどう伝えるかが問題なんだよな。

 一人ひとりに言っていくのは面倒だけど、教卓に立って大々的に報告するのは絶対に違う。


 難しいな。


 そんなことに悩んでいると教室に到着してしまう。

 一瞬だけ緊張したけど、別に俺たちがなにも言わなければいつもと変わらない朝が待ってるだけなんだ。


 緊張するなんてバカバカしい。


 ガラガラ、とドアを開けたその瞬間だった。


「おはよう志摩!」

「陽菜乃ちゃん、あれってどうなったの?」

「もしかしてもしかするの?」

「ヤッたんか? もうヤッたんか?」

「お前ほんとまじ殺すぞ志摩おめでとう!」


 わらわらとクラスメイトが集まってくる。俺と陽菜乃は呆気に取られて言葉を失っていた。


 なんだこれどういうことだ?


 知ってる顔を探すと少し離れたところに秋名と柚木がいた。なんか楽しそうに笑っている。なに笑ってんだよ。


 スキャンダルに群がるリポーターのような集まりの中にいた堤さんと目が合う。


「これどういう状況?」


「二人の関係確認だよ」


「なにそれ」


「ぶっちゃけ言うと告白したのかどうかと成功か失敗かの確認」


 筒抜けじゃん。

 あいつらまさか俺の信頼を裏切ってクラスメイトに言いやがったのか、と秋名と柚木の方を見ると二人揃って首を横に振った。


 じゃあ樋渡か?


「誰からそういう話聞いたんだよ?」


「いや、普通に」


 と言いながら堤さんは陽菜乃の方を見た。彼女はごめんなさいと舌をぺろっと出して謝ってきた。可愛いから許すけど。


「どうしよっか?」


「ここまで来たら言うしかないんじゃないかな」


 ていうか、これは言わないと収まらないだろうし。こちらとしては報告の場を設ける手間が省けてラッキーだ。


「わたしたち、お付き合いすることになりました!」


 陽菜乃が言うと、クラスメイトが湧いた。


「日向坂さんおめでとー!」

「陽菜乃ちゃんおめでとう!」

「志摩死ね!」

「二人の距離感で分かってたけどなー!」

「ようやくかどんだけ待たせんだよ!」

「志摩死ね!」

「おめでとうお二人さん!」

「幸せ分けてー」


 祝福の声が届く。

 いくつかあった罵声みたいなのは聞かなかったことにしよう。俺は嫌なことをスルーできる男なのだ。


 それから朝のホームルームが始まるまで、まるで記者会見のように質問攻めを喰らった。

 先生が教室にやってきたことでその時間に終止符が打たれたのだった。



 *



「登校してきたら志摩と日向坂が囲まれてるから何事かと思ったぜ」


 休憩時間に樋渡がくくっと笑いながらそんなことを言った。

 あの質問攻めは結構辛かったのでこっちとしては笑い事ではないんだけど。まあこいつらからすれば笑い事か。


「これでどこでも遠慮なくイチャイチャできるじゃん。良かったね志摩」


「本音は?」


「これでどこでも遠慮なくからかえるから良かったよ」


「いい性格してやがる」


 楽しそうに言っていた秋名だけど、でもなあと急に表情を曇らせた。


「なんだよ?」


「付き合い出した陽菜乃はからかっても惚気で返してくるからつまんないんだよ」


「ひどい!?」


「だからさ」


 言いながら、秋名はぽんの俺の肩に手を置いた。そして眉をへの字に曲げてふへっと笑い、ムカつく顔を浮かべる。


「志摩はいつまでも面白いリアクション頼むよ」


 俺も惚気で返せるようになりたいけど、そんなの多分恥ずかしくてできない。

 でも秋名を喜ばせたくない。

 そんな二つの感情の間でめちゃくちゃ揺れた。


「俺も惚気けれるように頑張ろ」


「志摩が惚気けたらそれはそれで面白そうだけどね」


「もう逃げ道ないじゃん俺」


 

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