第269話 恋人としての初登校①


 修学旅行を経ての初登校。

 俺の心臓は朝から中々に激しく活動していた。


 なんで学校に行くだけなのに緊張してるんだよ。意味分からん。いつも通りでいいじゃないの。


 グッとペダルを漕ぎながらそんなことを考える。


 修学旅行で俺は陽菜乃に告白した。


 そして、付き合うことになった。


 夢のような現実だ。


 疑わざるを得ないが、夢じゃないことは昨日確認した。


 まず朝一番に頬をつねって。

 次に机の上に置いておいた前日に書いた『夢じゃない』というメモを確認し。


 そして、陽菜乃と電話で話した。



 *



 

『お、おはよう』


 電話の向こうから、やけに緊張した声が届いた。どうしたんだろう。


「おはよう。どうかした?」


『用がないと電話しちゃだめ?』


 これまで、ラインでのメッセージを交わすことはあった。

 用事があるときはもちろんだけど、時折陽菜乃の方から不思議メッセージが届いたのだ。

 ラインなら自分のペースで返せるから相手の迷惑にはならないだろう、という考えの末だ。


 だから、電話は用事がない限り、しかもよっぽどじゃない限りはしなかったし来なかった。


「いや、そんなことはないよ」


 本当にそう思う。

 それは別に彼女だからとか、そういうのではなくて、シンプルに陽菜乃だから問題ないという意味で。


 だから、付き合った以上はお構いなしにかけてきてくれて構わない。出れないときは出ないけど、出れるときなら喜んで出るから。

 

『ほんとうに?』


「ここで嘘つく必要なくない?」


 まあね、と陽菜乃は小さく言う。

 そのあとに、こくりと彼女の喉が鳴ったのが微かに聞こえた。


『な、なんで電話をしても大丈夫なの?』


「え、そりゃ暇だし」


『そうじゃなくて』


「え」


『もうちょっとこう、あるでしょ』


 なんだ?

 となったのも一瞬で、俺は何となく陽菜乃の考えを察することができた。


 さてはこの子、俺に言わせようとしているな?


 ここで俺が『陽菜乃は俺の彼女だからだよ』と言えばこの話は終わるだろう。


 きっと陽菜乃も『そうだよね!』みたいな感じに言ってきて、お互いににこにこで終われるに違いない。


 しかし!


 俺も陽菜乃の『わたしは隆之くんの彼女だよ』が聞きたい。

 不安とかそんなんじゃなくて、彼女の口からそんな感じのセリフが聞いてみたい。


 告白は俺からしたい、と同じくらいにそのセリフは陽菜乃から言ってほしいと思っている。


 頭を回せ。


 どう言うのが正解なんだ?


「陽菜乃こそ、これまで用事ないのに電話とかしてこなかったよな?」


『へあ? え、まあ、そだね』


「どうしたんだ? なんで電話してきたの?」


『ええっと、それはぁ……』


 俺の咄嗟のカウンターに陽菜乃がたじろぐ。あっとえっとを数回繰り返した陽菜乃はこほんと可愛らしい咳払いをした。


 そして。

 

『隆之くんはわたしのなんですか?』


 駆け引きを諦め、そんなド直球な質問をぶつけてきた。俺がバッターだったら油断してて空振りしてしまうくらいの超速球ストレートだ。


 こんな言い方されたら俺は『俺は陽菜乃の彼氏だよ』と言うしかない。ここはお互いあれやこれやと駆け引きをしていくパターンじゃなかったのか?

 早々にそんな切り札切られたらこっちは負けるしかないじゃないか。


「俺は陽菜乃の、彼氏だよ」


『そうだね。わたしは隆之くんの彼女だから、用事がなくても電話したいんだよ。いいかな?』


「……断る理由がなさすぎる」


 ああ。

 本当に俺たちは付き合ったんだなと、俺の中でふわふわしていたものが確かなものになったような気がした。


 そのときだ。


『え、――の、――まく――ったの――こ――いえによ――でよ』


 陽菜乃ではない誰かの声が遠くから聞こえた。さすがに声が遠くてなにを話しているのかは聞き取れなかったけど、多分陽菜乃のお母さんだろうな。


『もうっ、ちょっとうるさい!』


 陽菜乃がその誰かに声を荒げる。


『ごめん。ちょっといろいろあったから切るね。またね』



 *



 そんなことがあった。

 そのあともう一度電話がかかってきた。特になんでもないけど、たわいない話をして。


 そして、最後に『明日、一緒に登校しよ?』と言われ、そういう約束をした。

 陽菜乃は電車なのである程度の時間が分かったところで連絡が入り、俺はそれに合わせて自転車で最寄りの駅まで向かう。

 そして駅から学校までの僅かな距離だけど、そこを一緒に歩こうという感じ。


 大事なのは多分ここじゃなくて、教室に入るときの方だと思う。


 なんか変に緊張するというか。

 別に何か変わるわけじゃないんだろうけど。


 などと考えていると駅前に到着する。


 近づくと既に陽菜乃は到着していたようで、スマホから視線を上げてはきょろきょろと周りを見る。


 そして、目が合ったところで彼女の顔に笑顔が咲いた。可愛い。


「ごめん、待たせたか?」


 言うと、陽菜乃はううんと当たり前のようにかぶりを振る。


「全然。言っても、さっきついたとこだし。それにしても、待ち合わせで初めて隆之くんを待った気がするよ」


「そうか?」


 極力、人を待たせないようにと早めに到着するようにはしてるからな。

 今日みたいな日だと出発を早めれない分、仕方なかったのかもしれないけど。


「好きな人を待つ時間って全然苦じゃないんだね。むしろ、なんだか楽しかったくらい」


 照れるように笑いながら、陽菜乃がそんなことを言う。

 朝っぱらから強烈なボディブローかましてくるな。こんなんヒットポイントいくつあっても足りないぞ。


「俺はいつもそんな気持ちだったよ。陽菜乃を待つ時間は全然苦じゃなかった」


「えー、なにそれ嬉しいー」


 にへら、と幸せそうな笑顔を浮かべながら陽菜乃がおかしなテンションで言う。


 きっと、俺もそんな感じなんだろうな。


 この空気感というか、幸福感に慣れるまでは気を引き締めないとやばいかとしれないな。


 と、そんなことを思った。

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